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 あやまろ工房

『絵のない日記』〜そら猫通信

しのぶべき人もなき身はある時にあはれあはれと言いやおかまし  和泉式部

2016年11月11日

今年はレコードの登場が多い 哀惜 レナード・コーエン

レナード・コーエン逝く 享年82

訃報を知って“レコード”を引っぱり出して針を置く。
VARIOUS POSITIONS (1985)

いつのことだったか、TVをつけたままでうたた寝をしていたら、聞こえてきたのが DANCE ME TO THE END OF LOVE のリフレインで、目を覚まして画面を見た。

北鎌倉の鈴木大拙の墓前でレナード・コーエンが、案内か通訳か知らないが若くて小柄な女性と一緒に手を合わせて神妙にお参りしていた。

お参りが済むと二人はスキップをして帰っていった。
その後姿で、このひとのレコードを買おう、と決めてお店に行ったのだった。






鳩がオリーブの枝をくわえて帰ってくるのを 待とう
ともあれ 
踊り続けよう 最期の日まで





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2016年11月03日

長使英雄泪満襟


『真田丸』 源次郎くんが源次郎さんになって、いまは幸村様である。(私的呼び方)
本人が名乗った証拠はないとかいわれたって、400年の時のなかで慕われ続けた名前をそうやすやすと素通りはできませんわね。


九度山を出て大坂城に戻った左衛門佐幸村様の、際立つ切れ者の風貌。

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これは どこかで おめもじ していたような 既視感 デジャ・ヴ déjà vu
この額の感じ、そこはかとなく似ている。
髭の形は違うのになんというか、似ている。

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川本喜八郎作 諸葛亮孔明

諸葛亮が大坂城にいるぅ。

いやいやこれは報われない幸村様。
豊臣?どうでもいいわ。城が堀を埋められたらおしまいなんて、戦オンチ素人な私でもわかるもん。
そこへ一直線だよ、もう 



あくまで吉川英治版『三国志』の諸葛亮像に魅了されてのことではあるが、川本版諸葛亮は最高の具現体であり続けている。


TVドラマ、映画と『三国志』をみるお目当ては諸葛亮品定めだ。
この役者じゃぁねぇ・・・と、平気でスイッチ切るから。
当然ながら第一に頭が良さそうにみえなければいけないよね。

TVドラマで、湖北電視台『三国志 諸葛孔明』(1985年)の、李法曽さんはよかった。
ドラマそのものも変にスケールを大きくしたりせず、諸葛亮に焦点をしぼったいい人間ドラマだった。

後年の作り話といわれる“空城の計”を取り入れて、魏の司馬懿軍を前に楼上で弾琴する丞相を従者が背後からうかがうと、着衣の背が汗でぐっしょり濡れていた、とか、軍律を破って投獄されていた馬謖が“馬踏飛燕”像を彫っていて、なにしろ「泣いて馬謖を斬る」だから処刑前に会いに来た丞相に、「ご子息様のために作っていましたが間に合いました」といって差し出すとか、けっこう泣きのツボをつかれた。


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馬踏飛燕 漢代(甘粛省博物館)  速きこと飛ぶ燕を踏むほどの馬




その昔、成都の武侯祠詣でをした。 

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静遠堂の諸葛亮像


チャイナと日本じゃ感性が違うので、扶桑の国で勝手にイメージを膨らませるのもほどほどにしないと、とは承知の上だが、やっぱり本場へ行ったのは感慨深かった。

空を見上げれば全天曇り、高く遠いところに見えるほのかに明るい小さな円は雲のむこうの太陽。
蜀犬日に咆ゆ━━蜀は日が差す事が少ないゆえ、たまに日が差すと太陽に向かって犬が吠える━━ を実感した。



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売店で買った孔明像二体


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きりちゃんに“得体のしれないじじい”といわれそうですね 😃




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丞相祠堂何処尋
錦官城外柏森森




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成都だから杜甫草堂も行ったが、売店で詩のしおりを買おうとしたら、値札と言い値が違うから注意したらクシャッと値札を丸めるとガンガンと口撃してきたな、店員。
引いてたまるかと言い返してやりあったが、悔しいことにしおりは欲しかったので途中で折れたのが今でも癪に障る。

その旅は初上陸地の上海で『三国志 連環画』全巻を手に入れていた。
上海から桂林は清潔な4人用コンパートメントを独占して快適な鉄道の旅だった。下段のベッドから落っこちたけれど。
客が少なくてのんびりしていたのもあって服務員と筆談で親しくなった。
上海で買ったと得々として『三国志 連環画』をみせると、きょとんとして、中国が、三つに分かれて、と指を三本出し、喧嘩したんだ、と両手の指でチャンバラしてみせた。

単純にいえばそれだけのことだよなぁ、と思うと同時に、よその国が内輪で戦争していた話がおもしろいのか?と問われたような気がして、のんきな野次馬という立場を思い知らされ、ちょっと居心地の悪さを感じた。


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南宋の岳飛将軍が、成都の武侯祠に詣でて感激し、『出師の表』を書写した。その書が彫られて壁に嵌めこんである。

宰相秦檜は気に食わない岳飛を冤罪で謀殺した。謀反罪ということだが、軍人の韓世忠が「岳飛の謀反の証拠があるのか」と意見をすると、秦檜は「あったかもしれない(莫須有)」と答えたという。

あったかもしれない、で有罪とは。。。
日本では、平清盛が文字通りの弱冠者として京の大路を歩いていたころだ。

かつてありこれからも、こんな展開が人間世界では繰り返されるのだろう。

しかし、日の本の国とチャイナとの感性の違いは重々心に留めておくべし。



定めなき浮世に候へば一日さきは知れず候    真田左衛門佐信繁

日本語の響きにほっとする。




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2016年10月15日

柿くへば ノーベル賞が ボブ・ディラン


伊勢神宮近くでとれた蓮台寺柿をいただいた。


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完熟させたのを『づくし柿』と呼んで、一番おいしい食べ方とされているそうだ。
例年待ちきれなくて、あ、もうひといき置いてからでもよかったかな、というところでかぶりついていたが、今年は溜めにためて、これぞ『づくし柿』を食べられた。


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☕ ☕ ☕ ☕ ☕

今年のノーベル文学賞は、ボブ・ディラン氏 と発表があって、驚いた。
同姓同名の作家がいるのか? とまず思った。
(75歳)の表示に、そんな歳になっていたのかと一番びっくりしたところがそこだった。
自分のことは容易に棚に上げる。


文学賞を歌手が? という疑問符が飛びかったけれど、ボブ・ディランは自ら言葉を紡ぎ歌ってきた人だ。
さまざまな国の文化のなかで、詩人という存在は重要で尊敬されている、と浅学ながら思うのだ。
実在したかは確かでないといわれようが、なによりギリシャのホメロスは吟遊詩人として現代に伝わっているではないか。
吟遊詩人は、みずから詩曲を作り、各地を訪れて歌った人たちだ。


ものごころついたころには、ボブ・ディランはもう神格化されていたから、『風に吹かれて』は何べん聞いても遠くで響く歌だった。


近くで聴こえたのが『コーヒーもう一杯 ONE MORE CUP OF COFFEE』で、その曲欲しさにベストアルバムを買った。


久しぶりにと、レコードに針を落として聴いた。
海辺のカフカくんが『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』をサンスイだったかのスピーカーで聴いて別宇宙かと粛然とした、そういう音は、ウチのリーズナブルなスピーカーには望めない。が、十分アナログな音である。

 道行くためにコーヒーをもう一杯
 もう一杯のコーヒーをのんだら
 下の谷へおりるのだ
                  訳:片桐ユズル


このフレーズはずっと、今でも折にふれては自分に向けてつぶやく。


ストックホルムAFP=時事 10月14日21時10分配信
 ノーベル文学賞発表から丸一日経つもディラン氏本人と直接連絡がとれていない

読んでニヤリとしてしまった。



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コーヒーもう一杯





posted by そら猫@あやまろ工房 at 10:28| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

そばがきは馬の鼻息で


このあいだ「真田丸」の『歳月』の回で“そばがき”がでてきた。

紀州九度山での幽閉生活が長くなり、弟が財政逼迫を打ち明けるとお兄ちゃんが、お前たちにひもじい思いはさせない、と意気込んで定期便で送ってきてくれるのが、蕎麦の実、いっぱい。


これを石臼でごろごろ挽くとそば粉が出来上がる。
現代ならば貴重品、国産、産地直送、信州蕎麦粉!

しかし
「今月も そば・・・」の源次郎さん一家。
そばがきを作って一杯十文で売ろう!となったが、馴染みのない食べ物のせいか商いにならず。
お話の時代設定は慶長19年(1614年)ころ。


今普通にいうそば、細長く切ったいわゆるそば切りは、木曽 定勝寺、天正2年(1574年)の寄進記録に『振舞ソハキリ (ふるまいそばきり)』とあるのが日本で最古の記録ということだ。
そば切りの形での食べ方はすでに知られてはいたが、まだ珍しいもので一般には広まっていなかった。

売れ残ったのを、ほそく切ったらどうかな、とか言っていた。さすが信州人食べ方いろいろご存知。
それって十割そばといえないか。

劇中登場したそばがきは、茹でたものだった。


ウチの田舎では、母がいつもお湯をそば粉にかけて手早くかき混ぜて出来上がり、だった。
そして食べる前に決まっていうことには

そばがきは馬の鼻息の湯気で混ぜるのが一番いいんだよ


温度がちょうど良いんだとか。
そばがきを前にすると必ずこう聞かされたものだから、そばがきというと、白い鼻息をフンフンと出しながら首を伸ばしてくる馬の幻影が浮かぶようになった。

冷静になってみると本当に鼻息だけでできるのか? どうやって? お湯の温度のことを言っていただけなのか? と思うのだが、子供はそんなこと聞かされたら「そうなんだー」と信じるだけでなにも疑うなんてことしなかった。


そばがきと愛すべき馬面の幻影は永遠のワンセットとなって、いまだって現われる。
近所の神社に神馬がいて、鳥居前の小舎からよく表に顔を出していたのを近くで見上げていたから、その面影が重なっているかもしれない。


そばがき
味付けといって醤油をつけるだけのものだったから、こどもには正直あまりおもしろいものではなかった。
味だの喉越しだの判るわけもなく。


ふと、ところで慶長年間の源次郎さんたちは、そばがきにしろそば切りにしろ、味付けはどうしていたんだろうと思った。

当時たぶん味噌は自家製で作っていたことだろう。
その上澄み(たまり)を汲み上げるか、味噌を搾るかして、たまり醤油は手に入った。
江戸中期までの主流はこのたまり醤油だったそうな。

味噌だれ、醤油だれが作れたわけだ。

そば湯にちょこっといれたらいけそうだ。


私のそば神話
ヤマゴボウの葉をつなぎに使った手打ちそばの、そば湯のえもいわれぬ濃厚な甘さ。
わすれがたし。

父親が健在なころ、昔の赴任地だった長野県山内町の知り合いの民家へ連れて行かれ、食堂になっている座敷にあがって、手打ちそばを振舞ってもらった。
ゴボウの葉をつなぎに使っていると説明されても、ありがたみのわからない若いころで、ちょっと透き通っているぐらいの感想しかもたなかった。
で、そば湯が出て飛び上がるほどびっくりした。甘い。
甘い!  砂糖とは別次元の、これはいったいなんというかこの甘さ。
あれは、、、私のそば神話その壱です。
評判だという蕎麦屋に連れて行かれてもそば湯が供されるとフーンと冷める人間が、ここで出来た。


甘味
味醂は一説に、中国から密淋(ミイリン)という甘い酒が、戦国時代ごろ伝来したといわれるが、高級品だったということで、九度山の真田家の台所にはまずなかっただろう。

『本朝食鑑』元禄8年(1695年)に焼酎を用いた本みりんの製法が記載されている。

それに先駆けて創意工夫の源次郎父さんが焼酎を使っての味醂作りを研究していたなんてことなら面白いが、幸村公は焼酎好きと伝わるので、途中でみんな飲んじまって完成をみることはなかった、とここでは結論しておこう。


昭和の信州の田舎のウチの台所にも、味醂はなかったけどね。


赤椀に龍も出そうなそば湯かな   一茶


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posted by そら猫@あやまろ工房 at 20:15| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月16日

夏の名残に「ジャージの二人」逍遥


この映画は何回か観てあったが、八月の蒸し暑い夏の一日、せめて目の避暑をするべしと見たら、いままでになくゆるさに集中できて「これはよく出来た映画だなぁ」と面白さいろいろ再会・発見だった。

元気がでて、この期に及んで原作を読んだり、制作風景も見たくなって特典付DVDも買ってみた。


そういえばジョン・レノンは、リチャード・レスター監督の「How I won the war」に単独で出てた、よくわからん映画でラストシーンを朧にしか覚えてないや、軽井沢ではストレートのコロンビア・コーヒーを飲んでいたそうだとか、とりとめもない連想の道草まで始めて時間は過ぎてゆく。


『なんか、こう・・・いいね』 状態に浸っているうちに夏は往き、シオカラトンボがウキウキ飛び始めている。

おっと、頭の中だけでも山荘にまだ居させておくれ、と季節の早い移ろいに抵抗する。



映画の肝は、堺雅人と鮎川誠の二人を親子で並べたことで、これよくぞ思いついたものだ。

始まりは、魔女遠山さんの言うとおり、「親子にみえない、変」という感じだったのに、そのうち二人が並んでパソコンを覗いているあたりになるとこれが、そこはかとなくなんとも似てる。
わぁ親子ですねぇ、と一般ピープル親子を前にして発するのと同じレベルで感想が出てくる。

 シーナ&ロケッツのシーナさんが堺さんに「若いころのマコっちゃんに似てる」といったそうだが、あーこのお墨付きがあるのなら何もつけ加えることないですね。



会話の有るなしにかかわらず、二人のたたずまいと間(ま)が醸し出して、全編に漂うこのゆったりとした日常感が、とても貴重で好もしい。

奇を衒った過剰な表現はいらない。
そういうものがなくても、日常はじっくり観察すると十分な活気と刺激にあふれている。
気づくか気づかないかだけだ。

**

これまで、気に留めなかったやりとりに引っ掛かって原作を読む気になった。

遠山さんの話し方はアニマート 生き生きと
僕なんかは?
・・・ラ×○●×△×
どういう意味?
教えない

教えてくれないのだし、そのまま、父はリタルダンド母はレガートと続くし、ふーんと聞き流していた。

今回は、ところで僕は何だといわれてるわけ? と耳をそばだてたら、ラメンタービレ? lamentabile?

音楽用語で lamentabile は 悲しそうに 哀れに  だって。

おい、花ちゃんて嫁さんに似た容赦ない女子(おなご)だな、とぎくりとした。
おなごは容赦などしないというだけかもしれないけれど。

聞き間違えていないか原作を確認しよう、となったのだ。
なんとここは映画オリジナルだ。主人公の僕は異母妹にそう見られている男であるのか。ふっと息子の輪郭が見える。
さらりとこの一言をいれていたのには唸った。

知らぬが仏とはいうけれど━
演じる堺さんと監督には、この男だったら奥さんああなるの仕方ないか、みたいに言われてるし、いいのか 息子、言われ放題。


でも息子も小説のほうでは別のところで花ちゃんにやり返していて、クスリと笑う。

「のびたねえ」僕の第一声は毎回それで、花ちゃんはそれで笑う。
成長をまぶしく感じているというのではなく、雑草かなにかが「無駄に」のびた、そんな呆れた声音になっているのだと思う。
長嶋 有 「ジャージの三人」



「無駄に」のびた、というところが私の笑いのツボにはまっただけで、息子クンはただ思うところそのままを、なんの含むところもなく言ってるんだろうな。
んでもって・・・ラメンタービレ のお返しをくらう。

まあ、あるようにしか生きられないから。


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即席お好みブックカバーを作って読書


文庫本をamazonで取寄せたらカバーが親子のイラストだった。webページにそれと並んで載っていたのほほんとした風景イラストの方がほしかったので、イラストを真似してブック・カバーを作った。真似して描いたはずなのに、木が平気で横に移動しているのには、素直にトレースもできないのかと、ちょっと自己嫌悪になったがすぐ回復した。
木だって歩きたくなる時もあるだろう


**********

届いた本を開いて冒頭の文字を目にしたとたん
「上手い!!」
と思わず声がでた。

原作は、夜からなんだ。

上手いというのは、小説では夜の出発を、映画では、コンビニの看板を見上げて蝉の声が聞こえる、いかにも暑さ盛りの昼日なかの画面から始まったことに対してだ。

夜と昼の逆転で始まることで、共通項はあるがそれぞれ独立した世界だよと、ワンカットで了解する。
映像が語る━普通に映画はこうでなくちゃと喜んだのね。



「昔、この道でジョン・レノンとオノ・ヨーコをみたよ」
と父が言い出す。
   (え?息子と一緒に 固唾を飲む。)
 沈黙。
 「先に言ってよ!」
 「なんで」
 「もう、生活が全然違ってくるよ」

わかる、わかるぞ息子。その叫び。
再び沈黙。
ひと夏の別荘暮らしの場から去ってゆく車の後ろ姿で「ジャージの二人」の部おわり。これがいい。

小説には息子の叫びの説明あり。文字世界だと書くよね。
映画の沈黙の間に当方が思い巡らしたことと一致していた。

そうだよねとためいき。
親ってそうだよ。
大事なことを後から言う。

あるとき母がぼそっといったことには、
“昔弟が獣医で小岩井農場に行ってたから、訪ねていったことがある。馬車に乗って”
話題が出たのはそれっきり。
 昔━戦前の 小岩井農場へ 馬車に乗って━
宮沢賢治に多少なりと首をつっこんで、聖地巡りの旅で小岩井農場詣でをした者はちょっと目眩がした。
 先に言ってよ



男二人黙ってトマトをかごに入れている様子をみているだけで、笑いが込みあげて来るなんて、とても豊かな笑いだと思う。


脚本は中村義洋監督が書いている。

原作を読んで知る、映画は削りに削りながらも、小説世界の要素をさまざまに映像に集約させていること。

言葉でしか表しえないこと、もの。
映像でしか表しえないこと、もの。

原作はあるが映画は独立した世界であると、背筋を伸ばした姿勢がはっきりしているから、かえって映画と小説の間を、気持ちよく行き来できる。

一年後「ジャージの三人」の部になって、映画での父子はおそろいのジャージを着ない。
和小と田井小。たいしょー、大将かい。楽しそうだな。
おそろいでない、という設定がいい。

ストーリーや細部の違いに、なぜこうした、という違和感がない。
映画と小説と、それぞれに流れる時間と空間で、それぞれの人物がそれぞれ自然に、それぞれに相応しく生きていると、思えるのだ。

原作ありの映画をみても、見た後ことさら原作を読もうという気にならないくちだが、今回は読んでよかった。

 ありがと 耳にとどいた lamentabile 🎶


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「さかいふぁん」と幟たててから日は浅く、ぽちぽちと旧作を拾って観てきた。

たまたま外出先で見た「リーガル・ハイ」での堺さんの台詞まわしに
「日本語をこんなに緩急自在、力強くしなやかに明瞭に、耳に届けてくれる役者がいたのか!!」
と仰天してひれ伏した。

有名な絹美村の回ではなかった、というのが今にして思えば、まだ感覚ぼけてなかったねと、反応した自分をちょいと褒めたい。
役者にピキピキッと反応したのは実に実にひさしぶりだったもので。
脚本が古沢良太さんというのがほんとによかった。

と、堺節台詞回しにうっとりするいっぽうで、
あのね、古美門研介・半沢直樹と続いたものだから、世間はいとも安易に長広舌は堺雅人、のレッテルを貼ったけれど、
私はこの作品の中村義洋監督の「堺さんの真髄はリアクションだ」との見方に共感するものである。
監督曰く「とにかく、面白いんですよ」 

一方「この映画は鮎川さんの観察日記」という堺さん。
この方の韜晦とレトリックはその裏で実に的確に核心を衝いているもので。
ふむ、秀逸なリアクション演技の極意は観察にあるのか。


真髄はリアクションだ、ととらえているからこそ、ではこの人が逆をやったらどうなるのかという地平線が見えて、次に組んだのが「ジェネラル・ルージュの凱旋」とは。


ひと月ほど入院した大学病院の、病棟1階に救命救急センターがあって、コインランドリーが地下1階だったから通りすぎるたびに、速水先生━━😵とうるうるしていたし、売店に立ち寄ってはチュッパチャプスを買い込んで、チュッパチャプスツリーのほぼ半面を空にしてやった。

救命救急センターはいつも人影はなく際立って静寂が支配していた。実際はこういうものなんだと実感してきた。

それに、禁煙を余儀なくされたらチュッパチャプスをくわえているのがいいんだよ。飴玉はイライラうっかり飲み込んでしまう。
まぁ、ね  退屈しなくて済みました。イチゴミルク味がおいしい。


よりによって困ったことに、映画でもドラマでもナレーション付くの嫌い、歴史もので幕末と戦国はもう食傷というのに、正直渋々観ている「真田丸」では、源次郎くんのリアクションをみることにしている。そうすればなかなかいけるよ。

そうするより仕方の無い筋立てだしなぁ。

小さな声で言う。上田駅には何度も降り立ったけれど、幸村公の像を見たことがない。
いつもロータリーで一服したら満足して、とっとこ、しなの鉄道乗り場に向かっていた。
世の真田好きにとっては顰蹙ものだろうが、だって幸村公は人質になって上田を出ちゃって、活躍したのは大坂じゃんねーと屁理屈をこねておく。

で駅前、公は何処におわしますや?
今度上田に立ち寄る際には ぜひ御目見得をたまわりたく御願い申しあげ候 とか言ってるときに限って行けないものであります orz


でもまぁあれですよ、いつのまにか源次郎ときりちゃんの掛け合いが楽しくなっていて、ベランダに遊びに来るつがいの鳩を、源次郎〜きりちゃ〜んと呼んでいたら、『ヘッ?』と首をかしげたり、近くに来て目をパチクリさせキョトンとするから可愛いものだ。

 楽しみは勝手に自分で見つけ出すでございます


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北軽井沢側から見たことはないが、向こうの軽井沢側からはさんざん眺めた浅間山が、肩の下がり方が逆とはいえ、おなじみ「浅間山」として嬬恋の遠景に形よく澄ましておさまっている。

あの台形頂上の右の凸のあたりは外輪山の黒斑山で、嬬恋村側からは「三ツ尾根」と呼ばれているそうだ。
あそこを昔登った、と今頃思い出した。
途中で、浅間山が過去に噴き出したのだろう火山岩がごろごろしているガレ場へ出た。雲いやあれが噴煙か?が流れてくると視界は遮られ、どこからか轟音が聞こえてくるし、賽の河原とはこんな場所を言うかと怖くて震え上がった。



裾野にキャベツ畑の広がる緑を従えると、
なんかこう・・・浅間山が可愛らしく映ってみえる

設定としてはレタス畑なので、役名:レタス のキャベツたち

・・・

そうだ、和小の読み方は解決したけれど、解決していない BLTサンド とは ベーコン・レタス・トマト・サンドでいいのかな

トマト攻撃にあってうんざり、わかっていてもTomatoと言わない?


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近頃見かけるTKGとは
 Taマゴ・Kaケ・Goハン
と分かったときは怒りと落胆しかなかった。
なんでも頭文字にするの、やめてくれ。
頭文字に詳しい人まわりにいないんだから






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2016年08月19日

夏 つれづれ

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漂うペンギン氷



朝の5時ころからコペンハーゲン・オペラフェスティバル8月6日の「さまよえるオランダ人」コンサート形式野外公演の録画をみた。

運河沿いに仮設ステージを設けて、観客はびっしり並べられた簡易椅子に肩を寄せ合い、脇や後方には立ち見のひとびとがふえたり減ったり、遠くにはそぞろ歩く人たち、たえず運河を行き交う船。しばしとどまるボートは水上からオペラを聴くか。
指揮が準・メルクルさんというので観た。

メルクルのワーグナーは水面をキラキラさせながら絶えず流れてゆく川を思わせる。
敬遠していたワーグナーに耳を傾けることが出来るようになった恩人だ。



このマエストロは合唱になるとほんとうに楽しそうにいっしょに歌っちゃう。
その表情が、音“楽”ということを伝えてくれる。
ロイヤルオペラ合唱団、デンマーク王立管弦楽団。みんなほんわかとしたいい表情でとても雰囲気のいい公演だった。

こちらも途中でコーヒーを淹れたり、朝飯の用意したりとのんびりできて、オンデマンド放送のいいところだ。
「さまよえるオランダ人」は当日のキャストで、来月ロイヤル・オペラハウスで公演があるそうで、そのときは皆々顔つきも雰囲気もまったくかわるのであろう。


運河沿いだから風が吹く。譜面台の楽譜がパラパラめくれてしまう。オーケストラの面々はクリップでとめていた。
序曲の途中で指揮者のスコアがまとまってめくれた。
マエストロ・メルクル、指揮しながらちらりちらりとめくっていき、いまここ、というところにきたらしくちらちらめくるのをやめた。
律儀な人だなあとほほえましくなった。総譜なくても歌劇全曲振れちゃうぐらいなひとなのに。


「さまよえるオランダ人」序曲は、音楽監督をやったリヨン国立管弦楽団の100周年記念公演で振っているDVDがあるので見直してみた。
11年前、若いわ。近頃は渋い男前にみがきがかかってきた

ね、スコアなしでいけるのにね。
しかしコペンハーゲンの運河のほとりの指揮台上では、律儀にページを合わせようとするマエストロなのだ。


挑みかかるようにアクセル全開で始まる序曲の、演奏時間がふと気になった。
リヨン管で10分21秒
今回のが10分00秒
速くなってる。


面白いからYou Tubeでちょっと「さまよえるオランダ人」序曲を検索してみた
フルトヴェングラーが11分51秒、フリッチャイが10分13秒、セルが9分29秒で、シューリヒト8分49秒だって。
選り取りでございます 


+++++++;+++++++;


村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」は、ロッシーニの「泥棒かささぎ」序曲にあわせてスパゲティーを茹でる場面から始まる。

ねえ、以前はあのイタリアうどんのことはスパゲティーといっていたよね。
いつからパスタなんて言い方が広まったんだ。
イタ飯とかいいだしたバブル期ごろからだと、何気なく流していた動画番組でいっていたので解決した。


1.6mm茹で時間9分をずっと定番にしてきたのに━昔はそれしかなかったの!━ちかごろは妙に種類が豊富に店の棚に並ぶ弊害で、このお好みの定番品がみつかりにくくなった。
なんということはないブイトニの1.6mmなんだけど、営業戦線で押されたのかなあ。ようやくネットで取り扱う店をみつけた。やれやれ。
で、久しぶりに再会したブイトニだが、茹で時間が8分になってるの。
離れていた歳月のなかでなにがあったか知らないが、なんで変節したのかね。

スパゲティは9分茹でる、で生きてきたぞ。
6分とか7分で茹で上がってはいけないのだ。

「ねじまき鳥クロニクル」の冒頭にクラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団の「泥棒かささぎ」序曲、演奏時間9分18秒、がでてくる意味がなくなってしまうではないか。
ちなみにトスカニーニは9分05秒。


といいながら最近は、麺類はどれも茹で時間を2〜3分追加している。
アルデンテ?なんのことだ コシ?歯ごたえ? いらない。
蕎麦だって茹で時間追加2分。やわやわふわふわにする。
うどんはいわずもがな、コシなんてあっては困る。

やわらかうどん代表伊勢うどんを追いかけて地元伊勢のスーパーに並ぶ品をつきとめた。
メーカーから伊勢うどん、伊勢ラーメン、焼きそば、地元の青ねぎ、地元のかまぼこまでセットになっているのをお取り寄せした。

ラーメンのスープがおいしくて、感心しながらスープの袋をしみじみ見たら、製造:横浜市港北区って、あれ? うちから遠からぬところ・・・
という落ちがついた。



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ペンギン氷 ぷかぷか




















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2016年08月05日

ベランダ物語 それから


5月にベランダで生まれた鳩の雛二羽が、6月の寒い日に相次いで鳥の国に旅立った。

生きているというそれだけで奇跡なのだと、あらためて思った。


早朝に大きいちゃんの死を確認して、体はもう冷たく硬くなっていたことで、ほかの場所に移そうとしたら、小さいちゃんがかすかに動いて、大きいちゃんの亡骸に体をすり寄せたので手が止まった。
安堵して満足そうな顔をしたんだ。
その瞬間の様子が目に焼きついている。
生まれてからいつも体を寄せ合っていた二羽だ。
そうだお母さんお父さんとお別れしてないよね、とそのままにして親鳥がやって来るのを待つことにした。



小さな翼が日に日に伸びていくのは、空をとべない人間からしたら「格好いいもんだなあ」と見惚れていた。

ぐんぐん大きくなって巣からもぞもぞ這い出して、ベランダを歩き回って悪戯をして、ある日お父さんお母さんから飛ぶのを教えてもらい、ほら!こんなに飛べるよ! と巣立って行くのを
「おぅ さみしくなるなぁ 元気でな いつでも遊びにおいで」 
と見送るのを楽しみにしていたんだ。



せめて絵のなかで若鳥に育った二羽の姿を見たい、と描いた。

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大きいちゃんはお父さん似でおでこに差し毛があるんだ。小さいちゃんはお母さんに模様が似たんだ。





鳩の一家 2016


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一家勢ぞろい 四羽いるよ




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3:20am 見張り番するお母さん





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変わらず立ち寄ってくれる源次郎くんときりちゃん



午前中ベランダで過ごして昼前にはねぐらに帰ってゆく

洗濯物を干していると近くにやって来て、干し物の隙間から首を伸ばしてのぞいたり

めだか水槽の水中の鉢に乗って、しばらく脚を水に浸してからおもむろに水浴びをはじめたり


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きりちゃんがのんびりしていると源次郎が脇を通り過ぎようと足早にやってくる
あの手すりの幅ですれ違えるのかな アッ
きりちゃんにむかって、そこのけって片足上げていったよ
なんつう男だ
鳩ってそういうことするもんなの?




二羽がかわりばんこに鳴き続けていると
人間は、「新盆か・・・」などとつぶやいてみたりする。


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今日も二羽は来た
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並んでのんびり過ごしてお昼前に帰っていった。











posted by そら猫@あやまろ工房 at 00:08| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 花鳥風月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月25日

ベランダ物語 二羽の雛鳥


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本日6月25日
おそらく未明に 大きいちゃんが、
黄昏時に 小さいちゃんが、
鳥の国に帰っていった。
二羽共に孵ってから13日めだった。


日中小さいちゃんの世話をしていたおとうさん鳩は、夕方になるとベランダの手すりにとまって「クークー クークー」と何度も鳴いてから飛び去った。

その後、暗くなってくるし気になるので残された小さいちゃんの様子をみにいくと、小さな体ですでに鳥の国へ旅立っていた。


6月22日の夜から、ヒナたちだけで寝るようになっていた。
朝になって親がやって来るとにぎやかに鳴き、小さな翼をばたつかせて飛び上がりながらエサをねだった。

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このところ雨が続いた。それに昨日の夜は寒かった。
今朝も寒かった。
親が育ち具合をみて夜の添い寝をやめると判断した時期と、天候の不順が運悪く重なってしまい体調を崩したのかもしれない。
昨日の朝掃除したとき糞が少ないと思った。すでに変調があらわれていたのか。




生まれて7日のころ
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ねむい



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夏至の前夜 見張り番をしていたお母さん鳩



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鳴くな鳩どつこも同じうき世ぞや


※元句: 鳴くな雁どつこも同じうき世ぞや   小林一茶





posted by そら猫@あやまろ工房 at 23:42| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 花鳥風月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする