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 あやまろ工房

『絵のない日記』〜そら猫通信

しのぶべき人もなき身はある時にあはれあはれと言いやおかまし  和泉式部

2017年06月04日

べらんだ日和 こんにちは雛ちゃん


5月29日に一羽生まれました。鳩の雛ちゃん。
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おとうさんと一緒
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金色のうぶ毛で、小さくてうにゅうにゅと動いていたのが、ごはんをしっかりもらって、ぽってりした黒っぽい体になってきた。大きさは、一週間経ってただいま鶏卵にオリーブの実を乗っけたぐらい。


生まれた日、夕方から抱卵保温担当のお母さんがやって来た。その後から交代したお父さんが飛んできて私の視界からはずれるように降りて姿は見せなかった。離れて見守っていたのだろう。

お母さんはまずゆっくり巣を覗き込むと、雛が出てきた殻の片割れを嘴にくわえて南の方へ飛んで行った。
どこかへ片付けてきたようで手ぶら、いや口ぶらで戻ってきた。
そのあと雛と卵をいつものように抱いた。


殻について


この殻は交代のときに、お父さんが片付けたか。
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こちらをお母さんが片付けに行ったのを目撃。
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殻の割れ方が、きれいに一周した痕になっている。親が主導で割ったかもしれない。まるで職人技。


引きつづき親鳩は、雛を育てながらもう一つの小さい卵を温めている
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・・・はみだしてるね ・・・


不在時にそーっと雛の写真を撮りに行ったら、音もなく戻ってきていた源次郎に、後ろから
クルックックー クルックックー 
 
😠
と大声でどやされて、ゴメンナサイと後じさりしながら退散した。



邪魔者を追い払った父さんの勇姿
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ひたすら子育てにいそしむお母さん
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2017年05月22日

べらんだ日和 父さんの休憩

うちのベランダで子育てをしている鳩夫婦は、夜は雌が昼間は雄が、交代で卵を抱いて温めている。
雛が生まれればそのままの時間割で温めたり口移しで給餌をすることだろう。


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島根県の雲南市で、コウノトリ夫婦が電柱上に営巣し子育てをしていたが、お母さんがサギ駆除のハンターに撃たれて亡くなってしまった。
お父さんが単身で、残された4羽の雛の給餌育児を続けていたが、特別天然記念物という身分である、人間達は観察を続けた結果、天敵襲撃の危険、暑さがつのる季節となることを考慮して、4羽の雛は兵庫県立コウノトリの郷公園という専門の施設に移って人工飼育されることになった。

雛はタオルにくるまれて巣からだされていた。ほぼ3kgで、順調に育っていたということだ。

お父さんは人が近づいても巣から離れようとせず、保護作業中いったんは離れたものの、作業が済んでから空になった巣に戻ってきていたという。
特別天然記念物である。お父さんも観察が続けられるという。

ハンターはサギ駆除中の誤射だったそうだ。

この季節、サギにも家族がいて親を待つ巣立ち前の子がいる。ということは、とあるサギの一家でも、お母さん帰ってこないね、遅いねどうしたんだろう、という会話はあるということだ。
自然界に生きていればあちらこちらで起こること、交わされる会話だろう。
しかし人間が絡むとどうにも後味が悪くて不機嫌になる。

鳥で片親では育児は難しいだろうから、雛の保護にはホッとしている。しかしお父さん鳥はせつない。
長野の北信地方ではこういうとき『もうらしいなぁ』という一言に万感が込められる。かわいそうだという意味だが、方言特有の微妙な様々な感情が入っている。


去年ベランダで子育ての途中、雛2羽を亡くしたときの鳩の夫婦はずっと低い鳴き声を交わし続けていた。


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抱卵中、源次郎父さんちょっと一服
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ふー かたこっちゃった



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かぜにあたって おひさまあびて



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んー いいきもち



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ふぁ? おい、そこ なにしてる!



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うろうろごそごそ するんじゃないよッ



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ったく ゆだんもすきもあったもんじゃない



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オラオラッ!! たまごちゃんになにかしたら ばいがえしじゃすまないど! プンスカ! 



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もどったよー ぶじだったね



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さあ はいって はいって



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あったかくしようね






なんときれいなハートマーク
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小春ちゃん











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2017年05月15日

べらんだ日和 季節はめぐる卵はふたつ

5月11日の午後、鳩の小春ちゃんが産卵。

その日は夕方の6時ころになっても植木鉢に座り込んでいたので
「おや今日はゆっくりしているね」
と声をかけてからふつふつと湧いてきた既視感、
去年『あら、きりちゃんまだいたの、今夜はおとまりしていくかい?』  翌朝卵ちゃん登場

もしかして、かもしれない!
小春ちゃんが飛び去ってから覗きに行くと、あった。

11日
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しかし暗くなっても小春ちゃんは戻ってこなくて、卵ちゃんはひとりで夜を過ごした。
生まれるや浮き世の風にさらされていた。 

去年は、むきだしに置かれた卵に、親がいなーいッ! 親がいなーいッ! と第一発見者にんげんがおろおろしてしまったが、このあいだなんの野鳥の記事だったか
“親鳥は4~5個の卵を産んでから温めはじめる”というのを読んで、抱卵てまとまってからして大丈夫なのか、不思議だけどそれでいいんだ、と感心していたのだ。
そういえば、スーパーで買ってきたウズラの卵からヒナを孵化させたなんて話題もあったのを思い出した。


鳩は通常二個抱卵する。

というわけで、二日後。

13日
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こんなに大きさに差があってだいじょうぶなのかな? 小春ちゃんもしかして初産で体調不安定だったりして?

ちなみに去年 
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巣の違いが目を引きます。

去年はきりちゃん&源次郎の物語
http://studio-ayamaro.seesaa.net/article/438884991.html?seesaa_related=category


今年は小春ちゃん&源次郎の愛の巣。。。
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愛の巣😃😵
卵が産まれてから源次郎が、文字通りバタバタして10cmぐらいの細い枝をくわえて戻ってくるとチョコチョコ急ぎ足で巣のある鉢のところへ走って届けにゆく、これを何度も何度も繰り返していた。
巣材の長さ、去年は5cmぐらいだったけど、今年は10cmになった。嫁さんの要望だろうか。
巣作りと抱卵が同時進行。

源次郎クンよ、だから言ったでしょ、巣をきちんと準備してから卵産んでもらおうねって。
でも、ほんとはキミは左のプランターを巣にしたかったんだよね、でもでも小春ちゃんが鉢の木の根元がいいって譲らなかったから、キミが折れたんだよね。知ってるよ。
プランターの土を一所懸命に整えて、出来たよーって何遍も誘っていたものね。
めげるなゲンジロ。

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でもなぁ、卵を産むのは小春ちゃんだから逆らえないよ、なぁ。

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ここがいいとおもうんだ


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こっちがいいわ


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左:源次郎 右:小春
なんでイヤ?・・・わかった わかったよ
  

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小春ちゃん
木に隠れて周囲の雑音から逃れた気分になれる? なるほど、落ち着くかもしれない

なんだか後姿がたくましくなったような
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2017年05月04日

めだかに塩

室内水槽のふくちゃんが元気をなくし、水草のなかに隠れたままめっきり顔を出さなくなってしまった。

魚が病気になっても連れて行くお医者さんがないのが口惜しいところだ。
もっとも・・・開腹手術したら、開きか三枚おろしになっちゃうし・・・ましてやめだか、どうするだ。

こういう時うちで出来るのは、瀬戸内の海からとれた塩を大さじたっぷり一杯水槽に投入することくらいだ。
もっと入れてもいいのかもしれないが、これまでの経験で、これくらいで小さい連中は元気が出ていた。

翌日ふくちゃんは姿をみせたが、いつのまにか右ひれのつけ根が腫れていた。
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こういう症状は初めて見た。
もう一回塩の塊を投入しておいたが、、、

バランスがとれなくて懸命に垂直泳ぎをしている姿を見るのはやりきれない。
水草の上に乗っかって休んでいたので、そうそれでいいんだよと声をかけた。
寝ながらエサを食べればいい。





ちりて後おもかげにたつぼたん哉
                蕪村









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2017年04月30日

寄り道蕪村 象に海鼠に 四

《寄り道蕪村 つづき》

象の眼の笑ひかけたり山桜
ぞうのめの わらいかけたり やまざくら

はじめて読んだとき、柔和な眼をした象が上機嫌で桜を見上げている、象のお花見の図が浮かんだ。
異国出身の象と桜の取り合わせが新鮮で、おだやかでのどかで、いいなぁと感心した。

上野動物園のケープ・ペンギン(別名アフリカペンギン)たちが桜吹雪の名残を黒い背中にいっぱい貼り付けているというのも、おおいに和みながらよくよく考えれば、普通はありえないこの取り合わせ、実はとんでもないものを見ている、凄い時代だ。。

ここ日の本では猫も杓子もお花見するのさ。


さて句の背景はというと
51歳のとき、蕪村は妻子を京都に残して讃岐に行った。
讃岐、香川県、讃岐うどん━当然食べたことでしょう

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金毘羅祭礼図屏風より うどん打ち (金刀比羅宮所蔵)


それはさておき

その山、象の頭に形が似ているということで、四国は 讃州那珂の郡 の象頭山
中腹に金毘羅大権現こんぴらさんがある。絵ではちょうど目のあたり。


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共に 歌川広重 画


すなわち山桜咲く季節、目の前の景色全体を象が花見をしていると、スケールの大きな見立てをした作だそうだ。


同時代の伊藤若冲は独特で強烈な象を描いたが、蕪村は画いていないようだ。
かわりに一句をもって花見する象の姿を呼び出し想像させる。


今年の桜の季節、外出してバスから眺める風景の、あちこちに点在する満開の桜と小さな山を、蕪村にならって、象の花見といって楽しんだ。
あらためてみると、とびとびながら桜は思わぬところにけっこうあるものだ。

花見というと、とかく桜並木の下へ行きたくなるものだけれど、そして頭上の桜の天蓋を見上げてただ見とれていたいのだけれど、どうしても坂口安吾の「桜の森の満開の下」を思い出してしまい、花から気がそれる。
なんとなくぼんやりと雰囲気に呑まれて読み進めるうち最後に至るあの話は、よくわからないのだ。無理やりわかろうとして頭をひねったところで味気ない、と思うのでよくわからないままほうりだしている。考えるな、見よ━思考放棄。花の幻想。それでいいのだ、という声が聞こえる。

作品の背景がどのようなものであれ、また作者から明確に託された意味があるにしても、作品はそのまま鑑賞者の前に差し出される。
鑑賞者としては、好きに想像を広げて楽しむ。
時に作者からしたらぶん殴りたいようなトンチンカンなことを開陳してみせることだろう。しかし時には無邪気に作品の真髄を突いてみたりもする。

ともあれ、この句を読むと、象がうれしそうに鼻を上げて山桜を見上げている姿を思い浮かべて、私は笑顔になる。


大鼾そしれば動く海鼠かな
おおいびき そしればうごく なまこかな

とても素直に、いつか魚屋の店先で覗き込んだ桶の中の海鼠を思い出し、なまこって音たてるのか鳴くのか声をかければ応えるのか、と新発見の気分になった、、、冷静になって鳴くわけないよね、と苦笑い。
いや、うちのめだかは呼べばけなげに胸鰭や尻尾をひとしきり動かしてくれるから。

ごろんと横になると海鼠みたいな体型のひとが蕪村さんの近くにいたのね。


あたまからふとんかぶればなまこかな

おもふこといわぬさまなる海鼠かな


海鼠には海鼠なりの憂いがあるようだ。



人間の海鼠となりて冬籠る
                        寺田寅彦
敬愛する寺田寅彦もなまこを題材にしていた。




さびしさに花さきぬめり山ざくら


<寄り道蕪村> 続く...



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2017年04月02日

人間はそんなにエライんか?


十代のころ、父に
「人間がいなくなったほうが地球全体の為にはいいことなんじゃない?」といったことがある。
父はしばらくの間黙っていたが
「お前のその考え方はもういっぺん考えなおしてみないか」と静かに答えた。

あれから何十年もたったが、私の頭の中ではずっと十代の問いが繰り返されるばかりだ。



狩人の矢先としらぬかの子哉  狩人に狙われているのを鹿の子は知らない
鹿の子や矢先もしらでどち狂ふ  鹿の子は矢で狙われているのも知らないではしゃいでいる
鹿ねらふ手を押へたる小てふ哉  鹿を狙っている狩人の手に胡蝶がとまった
小林一茶




  丹後国にて、(夫の)保昌あす狩せむといひける夜、鹿のなくをききてよめる

ことわりやいかでか鹿の鳴かざらむ今宵ばかりの命と思へば
  どうりで鹿がなくわけですね 今宵限りの命と思えばそれは啼きもしましょう
                                           和泉式部



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ジャック・カロ作


現在聴けるG.マーラーの交響曲第1番ニ長調は、4楽章仕立ての第三稿で、第二稿は2部に分かれた5楽章仕立てだった。各楽章に副題がついていて
第2部 人間喜劇
第4楽章 座礁、カロ風の葬送行進曲
カロとは銅版画家ジャック・カロのこと。上掲の画が元になっているというわけだ。
現行の演奏では第3楽章にあたる。副題はマーラー自身が第三稿でとりはずしている。



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<青森県>ニホンジカ「全頭駆除」へ全力
河北新報 4/2(日) 15:00配信

青森県>ニホンジカ「全頭駆除」へ全力

 青森県は本年度、県内各地で急増するニホンジカ対策に全力を挙げる。1日当たりの捕獲数上限を撤廃し、事実上の「全頭駆除」を狙う。放置すれば急速に進む森林被害を食い止める構えだ。
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posted by そら猫@あやまろ工房 at 21:13| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

べらんだ日和 ちょっと複雑


室内水槽のめだか。じっとしているところへ「おはよう」と声をかけると胸鰭を動かして尾を左右に振る。
水面へ浮いてきたので、そっと背中に触ってみた。

触らせてくれたぷくちゃん
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指先に感じたちょっとぷよっとした固太りの触感に、めだかの背中!と感激。


*****



去年から昵懇になった鳩の源次郎の特徴は、全体が灰色主体の羽、翼の黒いライン二本と額の白い差し毛だ。

三月にはいって間もなく、おや源次郎が来ていると、手すりに居る鳩をよくよく見たら、体がすらりとして小さめにみえるし、なんとなく黒いラインが細い。いつのまにか換羽したのかなと思ったが、顔をみたら差し毛がなかったので、新来の鳩なのだとわかった。

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灰色の背中に二本の黒ラインが同じなので、小源次郎と呼んだ。


ある日、似た格好の二羽が並んでいた。
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お話中
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おや?
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片割れは源次郎  おでこの差し毛ですぐに面が割れる
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サボテン鉢の上におみやげ  ゲンジロか なにしろここは彼の定まった通路 
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手袋・・・ 前の遊水地で植栽の伐採やら整地やらしているから、作業員の持ってきちゃったのかな。
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おととしは贈り主謎の花冠がひとつ置いてあって、ちょっと風流を感じたものだが。
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左:源次郎  右:小源次郎
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源次郎、樽型プランターに入り込み土くれをつつく。 巣の仕度?
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座り込んでグーグーと鳴き続ける。
離れた所できょろきょろ周りを見ている小源次郎にしきりに声をかけているようでもある。



二羽で入ってみる
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夫婦仲良く一生添い遂げることを麗しく譬えて“鴛鴦の契り”とはいいますが、鳩の世界はまた別なのでありましょう。

ペンギン界でも、相手を替えず仲良く一生添い遂げる鳥ですといわれるけれど、そーでもないとはよく聞く話。
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 新江ノ島水族館のフンボルトペンギン 本文の内容とは関係ありません 




*****



というわけであたらしいカップルがベランダに飛来することとなった。


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どことなく楚々としたたたずまい。
華奢で動きがまだ若々しく可愛らしい。



gen.jpg源次郎よ
鳩の記憶回路はどうなっているか知らないが、人間には山のように溜めこんだ記憶があってな、しかもそこにはさまざまな感情がからんでおる。それを思い出と言っておるのだよ。
きりちゃん、もうこないのかな・・・ 


小源次郎と呼んでいたが女の子だったわけで、でもいまさら春ちゃんと呼ぶのもねえ、火箸逆手に持ってかまえたり、障子にポコポコ穴を開けるいさましい雰囲気はないし・・・

小春ちゃんにしよう。そうしよう 
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2017年03月12日

寄り道蕪村 花に真田が 参

《寄り道蕪村 つづき》

蕪村さん、安永九年(1780年)二月、今でいえば三月下旬ころになるのだろうか、高野山へ詣でた。64歳。
その帰りに麓の九度山に寄った。

 高野を下る日
かくれ住て花に真田が謡かな
玉川に高野の花や流れ去る



玉川は高野山奥の院を流れる禊の場ともなっている川。

kouya_tamagawa.jpg 広重画
クリックで拡大
画に書いてある歌は
わすれても 汲やしつらむ 旅人の 高野の奥の 玉川の水    空海
飲むなという定めを忘れて旅人は汲んでいるのかここの水を
ここの水飲むべからずと知らせているのに なんで飲むかなぁ とおっしゃるが、なにがいけないんでございましょう。毒があるとか?でも魚は泳いでいるし水行も行うんだよね。
体長10~20cmぐらいの、背中にブチ模様のある魚がいるそうだ。

その川を花びらが流れていく。花=さくらの季節だ。
そこから五里ほど下って九度山の里。


かくれ住て花に真田が謡哉
かくれすみて はなに さなだが うたいかな


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幸村公はゴールドカードです。。。。家訓:売られた喧嘩は倍にして返すべし 
うむ、ん?...うんうん、そういうことですね 



九度山はかの真田幸村公、隠忍十四年の地。おお与謝蕪村さんは訪れていたんだ。


関が原戦で敗軍側となった昌幸・信繁(幸村)父子、蟄居━死罪の一つ手前、高野山送り、がなぜか麓の九度山の里住まいになった。

村は高野山参道入口にあるし、街道には当然参詣人の往来があったろうし、環境は人獣鳥も通わず姿も見せぬという風情ではなさそうだし、近くの川で魚を釣っていたというエピソードもあるし、地図をみればこれは魚釣りに行きますわ。地元の神社から祭礼に招かれたり。地元に馴染んでいらっしゃったようだ。徳川方浅野家の見張りもいたということだが、切迫してるのかのんびりしているのか、昔の人の感覚はよう知れない。

そして、大坂の陣の真田鉄砲隊には九度山から馳せ参じた猟師たちがいて百発百中だった、などという逸話が残るのだ。風雲急を告げるとあらばいつでも戦闘応戦しますゼ・・・ゾクゾクしますわ。


秀吉はたいそう能が好きだったという。
かつて大坂勤めだった左衛門佐幸村公。牙を抜かれて鄙に押し込められたとはいえ、花にこころ動けば豊臣家臣の武士のたしなみ、謡の一つもでようもの。武士の気概衰えず。
 

ところで、蕪村はここで謡といっているが、どんな曲を思い浮かべただろうか? 

大河ドラマ「真田丸」を観てあったから、‘真田の謡’で『高砂』を連想した。ドラマでは父子二代で徳川勢挑発に使っていた。また、秀吉がお気に入りで、自身何回も舞ったという『源氏供養』を、秀次が上演してご機嫌取りをしようとする場面もあった。その回は『源氏物語 宇治十帖』が手に入ったと豊臣の女衆が喜ぶところなど「源氏物語」がらみがさりげなく出ていた。

1585年の第一次上田合戦で、敵の挑発の為に真田側が『高砂』をはやしたてたというのは、合戦から百年ほど後1680年前後に上野沼田藩の加沢平次左衛門が聞き書きをまとめた地方史「加沢記」のなかの『上田寒川合戦』に出てくる。

今はこういう記録を追って そうだったのか、と知るが、マスコミュニケーションの情報伝達は人力頼りだった昔こそ、強力濃密な口コミ活動が展開されていたのじゃないかと思うのだ。

真田はな、こないだの戦のときなんと『高砂』うたってたで ほんで勝っちまって と口伝えで次々と世間に知れ渡っていったかもしれない。人の移動があればそこに口承の文化がついてくる。
人から人へ語り継がれていくうち伝説もつぎつぎ付け加わっていくというわけで。和泉式部も小野小町もあちこちにお墓が出来上がる。
なんと幸村公にも鹿児島のひなびた山村に苔むした小さなお墓が伝わっている。


夏の陣の後すぐ
 花のやうなる秀頼様を鬼のやうなる真田が連れて退きも退いたり加護島(鹿児島)へ
と、わらべうたが世間に流行ったという。
直後でこれだから、以後も巷間さまざまな話が語られていったことだろう。
大坂戦後六十年ほどして書かれた「難波戦記」で初めて真田幸村の名が登場してくる。本人がこの名前を使った記録はない、徳川幕府に憚っての命名かといわれるが、どこからきた?幸村公。

前出「加沢記」上田寒川合戦の中に『昌幸公を初め男藤蔵信為、舎弟隠岐守昌君』と出てくるが、この男(むすこ)藤蔵信為は、真田源次郎信繁のことと指摘したものがあって、なるほどと得心した。いかにも真田一族命運をかけた総力戦の観だ。後継の嫡男以外は表に出る名前といって固定しなかったものだろうか。昔の人はよく改名したし。今でいう個人情報なんて、なんのことだという時代世界。


しかしともかく、名前は出せないがアノ人
幸村とは民衆が公に奉った名前で、それが四百年の時を生き続けているんだと思う。


さてそれで、蕪村さんが言い出したので、勝手に空想をひろげて、なにを謡った幸村公

『高砂』は松の精の話だから花=桜の季節に、緑が強くないか? 今回、ここは桜の色彩で彩りたい。

秀吉が好きだったという『源氏供養』は? 季節設定は一応三月。
紫式部が物語のなかできちんと光源氏を供養しなかったから、仏罰が作者本人にくだって成仏できずにいるというわけで坊さんに供養を頼むという、気位高きインテリ女性紫式部に喧嘩売るのかみたいな筋立て。同時代だったら日記の中で、なんてこと書いてるのよ いとにくし、とじっとりやり込められそうだけどね。
舞とともに桐壷、箒木、空蝉、夕顔と巻名を次々ならべていかれたら、源氏マニアはうっとりしそうだが。



『鞍馬天狗』 ときは三月
 花咲かば 告げんといひし山里の 告げんといひし山里の 使は来たり馬に鞍
 
蕪村さん!これがいいよ

見る人もなき山里の桜花 よその散りなん後にこそ 咲かばさくべき
誰も目をくれようとしなかった山里の桜 さて これから咲いてやろうか 

蟄居隠棲の地に、いま、豊臣方に加勢して欲しいと秀頼からの使いが来た。 いざ大坂へ 馬に鞍おけ 

sanada_sandai.jpg真田三代記 片桐且元、幸村公の居所をお地蔵様に教えてもらう
クリックで拡大


遮那王牛若・義経に大天狗は兵法の奥儀を伝え、平家を討ちなされ、影より御身を守る、と言い残して鞍馬の夕闇の中に消えてゆく。

桜を背景にして、戦えと鼓舞する『鞍馬天狗』

‘真田が謡’にふさわしいと思います。
幸村公の大坂入城は秋十月・・・細かいことはいいんだよ。使者は春からきていたんだヨ ケフンケフン

小狐の何にむせけむ小萩はら


この大天狗、花見の連中にぞんざいにあしらわれ疎外されたが、牛若丸だけが一緒に花を見ましょうと優しく誘ってくれた。言葉をかわすうち『か、かわいい』と恋情が湧きひとり頬を赤らめる。
この作品には男色の気配が描かれているとかの解説があるが、かわいきゃかわいいと思う、それがなにか?ことさらにいいたてるなぞ無粋。恋する大天狗のもじもじ、好もしい。

ここ日の本の国は数々の古典文学を持つ。ことに『とりかえばや物語』なんて、おおらかな日本に生まれてよかったなあー これが平安後期に書かれてるんだよと読書中何度も感嘆したものだ。


蕪村の句のなかには歴史に思いを馳せて時空を超え、連想を呼びイメージを拡げていくものがある。
正岡子規はそれを『理想的美』という言い方をした。理想的美ってなんじゃい?わからんがなと首をひねったが、今の言語感覚だと幻想的とかファンタジー世界とかになるか。


鳥羽殿へ五六騎急ぐ野分哉
 十二世紀保元平治の乱のころを想定したか

伏勢(ふくせい)の錣(しころ)にとまる胡蝶哉
 戦の最中である 待ち伏せのため身を低くして潜む兵の 兜の首周りに ひらひらと無心に舞ってきた胡蝶がとまった
 
どちらも映画のワンシーンみたいだ。後者なんて、状況が違うとはいえ映画「西部戦線異常なし」のラストシーンを思い出す。



九度山真田庵には句碑が二つあるそうで
ひとつは

かくれ住んで花に真田が謡かな

もう一つは

炬燵して語れ真田の冬の陣

 こちらは正岡子規の明治27年の句 『寒山落木』巻三より この年の7月に日清戦争が勃発し、翌明治28年4月に記者として従軍した。


天明四年(1785年)版の「蕪翁句集」には“かくれ住て”とあり、読みは“かくれすみて”が流布しているが、句碑ではなにか拘りがあったのだろうか。
子規が「俳人蕪村」のなかで かくれ住んで としてはいるが。句碑は濁点で子規の解釈をとったのか。

まあ、表記は別に統一されているわけではないし、古典というのは当て字もけっこう大雑把なものだし、こまかいことを言ってもつまらない。

でも
かくれすみて はなに さなだがうたいかな
こちらのほうが蕪村の言葉が持つ音らしく感じられるのだ。
声に出して読んでみて、そう思う。



花に暮れて我家遠き野道かな



<寄り道蕪村> 続く...








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