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 あやまろ工房

『絵のない日記』〜そら猫通信

しのぶべき人もなき身はある時にあはれあはれと言いやおかまし  和泉式部

2016年11月11日

今年はレコードの登場が多い 哀惜 レナード・コーエン

レナード・コーエン逝く 享年82

訃報を知って“レコード”を引っぱり出して針を置く。
VARIOUS POSITIONS (1985)

いつのことだったか、TVをつけたままでうたた寝をしていたら、聞こえてきたのが DANCE ME TO THE END OF LOVE のリフレインで、目を覚まして画面を見た。

北鎌倉の鈴木大拙の墓前でレナード・コーエンが、案内か通訳か知らないが若くて小柄な女性と一緒に手を合わせて神妙にお参りしていた。

お参りが済むと二人はスキップをして帰っていった。
その後姿で、このひとのレコードを買おう、と決めてお店に行ったのだった。






鳩がオリーブの枝をくわえて帰ってくるのを 待とう
ともあれ 
踊り続けよう 最期の日まで





posted by そら猫@あやまろ工房 at 16:24| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月22日

大好きなティル・オイレンシュピーゲルを聴いてきた

昨日はミューザ川崎シンフォニーホールで

 準・メルクル&東京交響楽団の「名曲全集 第100回」を聴いてきた。
 

 早坂文雄:左方の舞と右方の舞
 R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」
 メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」

 アンコール曲があった。
 メンデルスゾーン:「フィンガルの洞窟」序曲

 メンデルスゾーンの流れとはいえ、このあいだ独立投票で揺れたスコットランドにちなむ曲が取り上げられるとは、ニクイコトしてくれますなァ、とニコニコしてしまった。
 
いいもの聴かせてもらいました。
右耳の調子が少々難ありだったけれど、帰ってから体がうきうきしていた。いい音楽を体全体に浴びたからだ。


 3月に聴いたメルクル&新日フィルが、手慣れた様子で楽曲の体を整えはするものの、走り抜けただけで、かなたで音はすれども音楽が聞こえてこないという、非常に残念なコンサートだった。メルクルここまでかと、もやもやして不機嫌が細々とだが続いていたのだ。メルクル・コレクション聴くのも嫌になったほどだ。
 サントリーの回とすみだの回に行ったのだが、どちらも落胆した。あまつさえ、ベートーヴェンの7番で金管からカチカチいう雑音が規則正しく聞こえてきたのは、あれは興ざめであった。
 オーケストラとの相性、なのかね。

 東京交響楽団とは、しっとりとブラームスのシンフォニーなんかどうでしょう。

 でもなんというか、アクセルをガンガン踏み込んだときの水戸室内管弦楽団の軸のぶれなさというのは、さすがなんだなぁと今さらながら思う。
シューベルトの「ザ・グレイト」を40人ぐらいでサントリー・ホールいっぱいに満たして楽しませてくれたもの。

 
 いったいいつの話を始めているのだ。過去に浸りだすなどまるで年寄りだ。年寄りは嫌いだ。
相撲取りじゃないもん!


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よかったな!  <ゴン隊長>
posted by そら猫@あやまろ工房 at 23:07| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月30日

渋谷で「リング」を聴いてきた

昨日は渋谷のBunkamura ORCHARD HALL(〜文化村果樹園会館だね)へ行って、楽しみにしていた準・メルクル指揮N響の「ニーベルングの指輪」抜粋・メルクル版を聴いてきた。

近頃はmedici.tvやarte.tvで彼の率いるドイツ・フランス両オーケストラの公演動画が配信され、パソコンの前で大ニコニコしている。
カメラワークがそれぞれあって、それも面白い。
ドイツのほうはなにしろ中央ドイツ放送局(MDR)のオーケストラだから、ネットラジオでコンサートが必ず聴けるほどなので、ファンとしてはいい所へ就任してくれましたとほくそえんでいる。

脂が乗ってきましたなぁという演奏を立て続けに聴けて、嬉しい限り。

「指輪」のメルクル版は、2007年5月にフランスのリヨン管を率いてリヨンとパリでワーグナー・プロを演奏したのを、どちらだったか忘れたが(資料のデータはこの間のパソコン騒動で消えちまった猫)ラジオ・フランスが放送したので、冒頭を録音失敗したものの「イゾルデの愛の死」と「ニーベルングの指輪・メルクル版」はしっかり録れていたのでCDにしておいた、それで馴染んでいる。

新国立劇場での「ニーベルングの指輪」4部作上演が進行中のインタビューで、この楽劇は何を語ろうとしているのか問われ、『愛の物語です』と一言で答えていた準・メルクルのコンセプトで編まれた「指輪・抜粋版」だ。

ところで、リヨン管では去年着任した総監督がオーケストラのプログラム編成や組織人事を引っ掻き回している。越権行為もいい加減にしろ!契約違反だ!と音楽監督(メルクルさんのこと)が怒った。リヨン市長への公開メールまで発表し、そうとうに怒っている。

この総監督、音楽監督の頭越しにイギリスの学者だかに来シーズンのプログラム編成を頼んで、あろうことか音楽監督が日本に行って不在の間に(今回の来日期間中だろう)発表しようと目論んでいたのだが結局旨いことゆかず延期になったとかで、いまだに来シーズンのプログラムが発表されていない模様。地元誌にはアマチュア仕事もいいところだと非難されている。

あ〜ぁ、だから大人しそうな人を怒らせると怖いってのに。

と、リヨンのお家騒動では暗雲垂れ込めていて大変だけどどうだろうと少々懸念していたが、メルクルさんはいつものようににこやかに登場して、いつものように自由自在ダイナミックで切れのよい演奏で、よかったよかった。タフだ。

オーチャードホールの1階後ろから2列目で2階の座席が天井となって張り出している席だったせいか、もとよりホールの特性なのかは知らないが、各パートの音がまっすぐに伸びてゆかず無秩序に混ざりあって聞こえてしまうのは残念なホールだ。いつもはけなすだだっ広いNHKホールのほうが会場としては案外ふさわしかったかしらなどとチラと思ったりした。

ともあれ、わが頭のなかで新国立劇場での記憶とリヨン管の演奏を同時に再現させながら、ほぉーとか、おおっとか、ありゃ?とか、う〜むとか、わぉっとか思いながら久々のコンサートを楽しんできた。
が・・・ それは後でぶちまける。

家に帰っては、さっそく自家製CDを聴きながら、コンサートを思い出してなぞったのは言うまでもない。私は生演奏至上派ではないので、いろんな手段をもって一粒で何度もおいしい思いをするのが好きなのだ。ここはえらいゆっくりだったな〜ここはちょっと変えていたな〜とか、メルクルさんかっこよかったな〜 とかとか。

N響も熱演だった、が、まぁ、金管の弱さというのはなんとかならないものかな。よたよたっとして安心して聴けないとはどういうことでしょう。
比べて云々はあまり好まないが、たまたま同じ抜粋版をリヨン管ので聴き馴染んでいてそちらは堂々見事なものだから、N響何故出来ないか?と一言だけぼやいておく。


のこと
で、いよいよ終幕、ブリュンヒルデの気高い自己犠牲で世界は燃え上がり、ライン川に乙女たちが指輪を持ち帰ると、指輪の呪いは消えて新しい時代が始まる─
浄化された清清しい最終音が静寂へと消えてゆくその余韻に浸り、深く息をついてから現実へ戻ろうとした、のに!!

私がふっと息をつこうとした刹那、隣のがさつな男がでっかい手を前に突き出しバッカンバッカン叩きながら、蛮声というべき品のない声でブラボーォォ、だって。むかっ(怒り)

余韻台無し。
なんであと5秒、いやせめて3秒でもいい、待てないのか! こういうブラボー連中は、無音恐怖症なのか?
静けさの中で己が心の中に音楽を深く沁みこませるということが出来ないのか。

ああそうだよそうだよと共感できる相応しいブラボーも勿論あるのだが、昨日のはぶちこわしてくれやがりました。

この男、席に入ってくるときアタッシェケースをごっつんごっつん椅子にぶつけドリンクの瓶だかをがちゃがちゃさせ、坐ったかと思うとまた席を立ち、ゴッツンガチャガチャうろうろ、並びの人もなんだろぅと見上げていた。前半のモーツァルトのピアノコンチェルトでは顎を胸に埋めて眠っていた。
生演奏を聞きながら眠るなんてのはある意味法悦のごときことなので、いびきをかかない限り、咎めもしないしそれはお好きになんだけど。

ところが後半の「指輪」開始で登場したマエストロ・メルクルが指揮台に上がるや、手を前に突き出しひときわでっかく拍手したので、おろ?マエストロのファンなの?とちとびっくりさせられていたのだ。


そういえばサントリーホールで見た、え?あなたもファンなの?は、フランクの交響曲だったか、左の並びに演奏が終わっても拍手をしない男性がいて、気に入らなかったのかなと目の端でみていたら、マエストロ・メルクルが向きを変えてステージ側面のこちらの客席にもにこやかに挨拶をしたら、胸の高さに手を上げてせわしなく拍手を始めた。
マエストロがあちらに挨拶、男、手を膝に。
マエストロこちらを向く、男、胸の位置で熱烈拍手パチパチ開始。
マエストロあちらを向く、男、手を膝に。
こっち向く、即座にパチパチパチ。この繰り返し。
な〜に考えてるんでしょう。

ま、ファンもいろいろ。


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ブリュンヒルデじゃないもん
ポニョだもん!
「崖の上のポニョ」より





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2009年07月13日

サイモン&ガーファンクル 東京ドーム 2009

7月11日(土)の東京ドーム公演に行ってきた。

アート・ガーファンクルの「ブライト・アイズ」と「ア・ハート・イン・ニューヨーク」を続けて聴くことが出来た。感慨無量。

「明日に架ける橋」をアートとポールが“二人で”歌うのを聴けた、見た──ここまで生きてきた甲斐があるというものだ。

あのハイ・トーンも御歳67歳となればキーを下げるのじゃないか、時の残酷を目の当りにしなければならないのかもしれないなどと恐れていたが、そんな心配などたちまちに吹っ飛んだ。

初っ端が『旧友 ブックエンドのテーマ』
歌詞にある70歳を目前の二人が歌うのだから、様々な思いが錯綜してこみ上げてくるものがある。
レコードに針を下ろせば、20代の彼らの声が『70歳になった僕らのことを想像できるかい?』と歌っているのだ。

曲が進むにつれますますパワー・アップ、声の出が好くなっていったぐらいだ。
パワフルな「サウンド・オブ・サイレンス」だった。
若者の神経質な不安と慄きの問いに、も〜怖いもんなんかないという爺さんになった二人が出した豪快な答えという感じがした。
よかった。

歳をとって枯れるなんてまったく縁がない、サイモン&ガーファンクルであった。

ポールは帽子を被っていた。アートもなんか被っていた、のだろう。
髪の毛が増えた?とずっと気になっていた・・・コンサートへの感慨と感動と共に。


* * * *
「早く家へ帰りたい」
HOMEWARD BOUND  Paul Simon
I'm sitting in the railway station
Got a ticket for my destination

帰りは小田急で人身事故が起き、振り替え輸送というので遠回りする羽目となり、帰宅予定より2時間も遅れてようやく家にたどりつくありさまで、コンサートの余韻に浸りたかったのが台無しになってしまった。

このヒトたちは、帰りが遅い! と不機嫌だし睨むし・・・
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2006年10月26日

マスネの『エロディアード』

J.マスネのオペラ『エロディアード』を2005年の10月9日にミュンヘン放送管がミュンヘンで演奏会形式でやったラジオ放送の音源をUSAから取り寄せて聴いている。

サロメが登場する物語と言っても原作はオスカー・ワイルド版ではないからストーリーを追ってもなにか勝手が違う。ワイルドとビアズリーが強烈すぎるのでいささか戸惑う。それはさておきなんでサロメの母親であるところの『エロディアード』がタイトルなのか首をひねる。
演出家の腕次第では納得させられることもなくもないのかもしれないような気がしないでもない。

このオペラの初演を拒否したパリ・オペラ座の支配人がマスネに、君にはカルカッシエが必要だよと言うと、マスネはびっくりして問う、それはどんな動物ですか?

カルカッシエとはなんぞやと辞書をひけば、骨組みを作る人とちゃんと出ている。珍獣でもなんでもない。“君ねぇ、脚本家を選べよ”といわれたのだ。
ドウブツですか?とはマスネの韜晦なのか天然なのか。

これまで日本で上演されたことはないらしく、これからもおおよそないだろうと思う。

そういうものを、日本に送ってもらおうとメールで何回もやりとりする手間隙をいとわなかったのも
Condactor : Jun Markl とあってそれを聴こうという魂胆があったからで。

畳み掛けるテンポや特徴のある音の切り方がメルクル調であるし、歌のオーケストラへの乗せ方がやっぱりなんとも気持ちが好い。初めて『ジークフリート』を聴いた時の驚きを思い出しもした。

全体にちょっとかしこまった感じがするのはオペラ上演でなくコンサート形式ということもあるのだろうか。

しかし指揮者のファンだと最初から最後まで丸々聴いて楽しめるのだから得なものであると今更ながら気がついた。
これが歌手のファンだと、これだけしか歌わないけれど惚れた弱みでコレクション、、、なんてことをやるんだろうな  


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2006年01月29日

団吉、マーラーに吃驚

世の中はモーツァルト生誕250年でモーツァルトがいっぱいになり始めてきた。へそ曲がりだからマーラーを聴く。

TVをつけたら放送大学というのでマーラーの3番の解説をしていて、ぼんやり聞いていたら面白かった。B.ワルターに、君ここの自然はボクがみんな音楽の中に書いてしまったよといったそうだ。しんねりむっつりしてあのおじさんそんなこと言っていたのか。

興に乗ったのでもともと好きな4番を聴く。気分がはまると今まで気に留めなかったものが俄然聞こえて来たりする。こんな小節あったのかいと、またやっている。いかにうすらぼんやり聴いているかが証明されるばかりである。
いつもは耳につく世紀末ウィーン的キュンキュンとしたところが今日は心地よかった。
嫌いは好きに容易に転がるものだから、感覚とはいいかげんなものである。私の耳が一番いいかげんなのである。

さらに2番を聴く。夕飯時になっていたので脇に団吉が擦り寄ってきた。
第3楽章出だしのティンパニーがドンッと鳴ったら、ビクッと首をすくめた彼がまあ目を丸くして吃驚すること。その様子が可笑しいと笑い転げたら、ムスッとして向こうへ行ってしまった。
勢いで「大地の歌」も聴いたが、それ以上はちと疲れてしまったので止めた。

ラジオ・フランスの淡々と音楽を流してくれるHECTORが終了してVIVACEというのが始まっているが、技術上の都合でプログラムの詳細が出せないとかでどんな調子の番組なのかまだわからない。
接続してみたらモーツァルト特集ということでヨーロッパ各地からのライヴ演奏をながしていた。ちょうどクラリネット五重奏曲だったので聴く。これは大好きな曲だ。うちのレコードのはとびきりよい演奏であるなと思う。
いろんな曲が並ぶと腐ってもモーツァルトだけれど玉石混交だよねとわかる。

ともあれ聴くに如かずである。いずれのごたくも映画「アマデウス」一篇の前に霧消する。
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2005年12月11日

クラシック・アーカイヴ

ボタンをクリックすると音楽が聴けるサイト。アメリカの西海岸から発信されているようだが、どういうわけかロシアものが豊富で演奏家もロシア系揃い。事情はわからない。ギャラが安いのだろうか。
フリーの会員登録をすれば一日5曲聞ける。一楽章で一曲扱いだから全曲通して聞けないものもあるけれど、忘れたメロディーを思い出して確認したい程度で重宝していた。

先日何気なくここでバッハの『シャコンヌ』を聴いた。
ただ1本のヴァイオリンの奏でる音が次々と描き出す世界の広がりにいささか震えを覚えた。

無伴奏パルティータ全曲は有名な演奏家のレコードを持っているし『シャコンヌ』は繰り返し聞いていたけれどこんな風に粛然として耳をそばだてることは出来なかった。
今回は周波数が一致したのだろう。

いつかとは思っていたけれどこの辺でまとめてバッハを聴かねば、と思わず年間25$の会員登録をしてしまった。これで制限なしで好き放題に聴ける。
CD1枚と思えば『ブランデンブルク協奏曲』全曲その他をあっさり聞けるのだから元は十分取れてお釣りもくると胸算用する。

演奏家はやれ誰だとか彼だとかもともとこだわらないから気にしない。

それでなにをしているかというと、ひょんな展開でベートーヴェンを聴いている。

あの人のはぜったい自分から進んで聴くことはないと何十年思ってきたのに、人生とは訳のわからない事が起きるものだ。

posted by そら猫@あやまろ工房 at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月20日

ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち

ピッコロも団吉も、そして綾麻呂も知らない昔に読んだリチャード・アダムス原作のアニメーションがリメイクされて、26話シリーズとなって放送されている。ヴィデオに録画して楽しんでいる。

先週番組表で『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』を見つけてとっさに思い出したのは、1979年作品のアニメーション映画の主題歌でアート・ガーファンクルが歌った“ブライト・アイズ”のメロディーだった。

リメイク版は1998年作品だそうだが、“ブライト・アイズ”のメロディーは健在で、これがなければ『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』ではないから、久しぶりに美しいメロディーを耳にできてご機嫌である。
歌がA・ガーファンクルでないのは残念だけれど、今回はなんと作詞作曲したマイク・バットがハイトーンで歌っている。しかし、NHKがちょこっと編集に手を加えているようで、番組の始まりで流れる“ブライト・アイズ”もほんのさわりのところしか聴かせてくれない。なんとかいうタイトル曲をアンドリュー・ロイドウェッバーが作曲、M・バット作詞と画面に出るのにその曲にお耳にかかれない。音楽の扱いにいささか不満がある。

A・ガーファンクルが歌っている45回転ドーナツ盤を久しぶりに引っ張り出して聴いた。カバーにはアニメーション映画の時でおなじみのうさぎのシルエットがあしらわれている。
あのときはビグウィグがえらく格好よくて惚れたのだけれど、リメイク版のビグウィグはなんだか脳みそ筋肉度が高くなっているようで、ちょっとイメージが変わった。TV版はヘイズルがいい。アニメのうさぎに惚れている。

“ブライト・アイズ”はなんといっても美しい曲だ。オーボエのイントロだけでもう別世界に入っていける。そしてA・ガーファンクルの歌声。1982年の後楽園球場でのサイモン&ガーファンクル・コンサートでも歌ったのだ。
実をいえばそのときは『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』のことを知らなくて、全英ヒット・チャートで1位になったというのも知らなくて、でもきれいな魅力的な曲だなと思った。
とはいいながら、今は昔と言えるほどに時が過ぎ、はてあれは夢だったのか実際あの場で聴いただろうかと自信が無くなってきた。けれど、当時の新聞の切り抜きがとってあったので確認したら、あのとき確かに彼の声でこの曲を聴いている。

輸入盤のLP『シザース・カット』には“ブライト・アイズ”が入っていたのに日本盤ではなぜか代わりに“ロマンス”が入っているし、A面トップの“ハート・イン・ニューヨーク”は二曲目となるなどして、意図がわからず日本盤には不満がある。勝手にイメージを作っているだけかもしれないが、A・ガーファンクルである、ここはやはり A HEART IN NEW YORK で始まってほしいのだ。

音楽が聞こえていても内に入ってこなくなる時があって、私にとってそれは精神状態がちょっと好ましくない状態といえる。そういう時なんとかしようと七転八倒するのだけれど、自力では抜け出せない。

ここで、うさぎたちが音楽を取り戻してくれた。感謝。




posted by そら猫@あやまろ工房 at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする