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 あやまろ工房

『絵のない日記』〜そら猫通信

しのぶべき人もなき身はある時にあはれあはれと言いやおかまし  和泉式部

2016年12月26日

神に願いを♪♪かけまして 真田丸完走

だって、去年の今頃は検査の数値を前に、医者から「こんな状態で病院の中を歩いているのはあなたぐらいだ」と言われたんだから。
自宅安静申し渡され、暮れも押し詰まってMRIに潜ったりもした。日韓合意のニュースが待合室のTVに流れ「国辱である!」と頭から火を吹いてワナワナ震えてから一年たつ。
世界情勢の変わりように目を丸くしている。

健康でも一寸先は闇はおなじだが、四肢不具合あり心臓あたりに難あり状態で横になっていると、明日の命はないものを、これにて終 がすり寄ってきたような感じがして、もう覚悟しとかないといけないのかなぁとぼんやり考えていた。



その時、でもさ神様、来年「真田丸」ってドラマあるのよ、ほぼ一年50回なんだけど、堺雅人さんがでるのよ、せめてそれ全部見届けるまで猶予してもらえませんでしょうか、と心の中でお願いしたのだ。



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10月になり幸村様が登場したら心がふるえて
6年間変えなかったPCの壁紙がこうなった



三谷幸喜劇場 真田丸 と呼んでいた

魔法の言葉「三谷劇場」
これでなんでも冒険できるものだねぇと、今は妙に感心している。
なにはともあれ三谷幸喜脚本であって、それがゆえに一本筋は通っていた。
好みではないけど。

舞台劇的で台詞での状況説明が多い、それが苦手で。
成り行きをご説明します的な言葉の多用は映像の作品ではやって欲しくない派だ。
彼の使う言葉の感覚が合わない。理が先立った翻訳調めいていて滑らかでないのがどうも。
関節はずしのような笑い要素も、時としては、ここではやってくれるなと思うことしばしば。
優良部品は揃っているけれど、接合が上手くいかないという感じがあってスッキリ出来ず、毎回なにかどこか引っ掛かっていた。

とかいっているが、要は
お皿にのって出てきた料理の塩梅加減が口に合うかどうかということなのだ。
だけど今回は食材が戦国時代だって。斬った張ったで人が死ぬの苦手なのよ。困ったなあ。


それでも観たのかって?
観ましたよ、堺雅人さん観たかったんだもん! 源次郎さま追っかけたの!
あ、これはまるできりちゃんではないか。


大河ドラマという長丁場の作品は、こういうふうなものだったっけかなぁ、一年毎週みるのも大変だなぁ、としみじみ思った。
作る側はもっと大変だろうけどそれは仕事だから。
で、見るほうは容赦なく切り捨てるから。あるときは正確に、あるときはトンチンカンに。


50回もあるとツッコミどころ満載すぎて、なにがなんだったか忘れたが、まあ一つ。

青葉台駅から田園都市線に乗って渋谷のオフィスに出るような感じで信州佐久と浜松を何遍も往来させてくれるな。(室賀、徳川に取り込まれるの件)
佐久くんだりから浜松へ出るのは大変だぞぉ。そんなに簡単に談判にいける距離じゃないんだぞぉ。
日本地図を引っぱり出して、天竜川下れば早いのか? いやいや、こんなに遠いじゃないか、てなことをやっていた。

地理空間的なことで、あれ??というつまずきが多かったのは、自分が海津城址が小学校遠足コースだった、お膝元に近い地の出身のせいだろう。

おお、源次郎、景勝様のところから上田へ戻るか、じゃあ千曲川沿いにルート18号を馬で飛ばせるな。
などと、いたってローカルな感情移入をするのである。

コーエー協力の地図を見て、それにしても長野県てホント山の中なんだねと今さらながらびっくりした。

京大坂だって、遠いよ。話の展開先行でそんなにたやすく移動させなさんな、新幹線も走っていない時代だよ。
移動に苦労するという現実感が、見事になかった。この脚本ならちょっといじるだけで舞台劇として上演できるのではないか。


そんなこと? ではない。ディテールにこだわってこそ全体の結構が映えるというものだ。

それにしても美術班、セット・小道具のこだわり、再現には舌を巻いた。細部の説明を公式ページで見るのが面白かった。
昌幸の部屋にあった本が「孟子」と「伊勢物語」あのおやじそんなの読むのかい😖
源次郎は九度山で植物の試験栽培中、薬研をごりごりしていた設定(なんかとってもよく分かる😃)
極めつきが、真田丸よ! 

“丸っと360°!!”のページはわがPCの真田丸ホルダーに入れさせていただきました 御礼
凄い仕事するなあ。こまごまともっと見たくなる。真田丸の美術とか、本になればいいのに。





なにより、ここまで生きててよかったと思うぐらいの名場面が拝めて嬉しいよ 

「源次郎様のいない世に生きていてもつまらないですから
・・・
「ちょっと なにするんですかッ
・・・
「遅い
「すまぬ
「せめて10年前に
・・・
あのころがわたし一番きれいだったんですから


ここ、ね。

源次郎クンときりちゃんの掛け合いを、
「(櫛の)箱は?
「ないッ
から、この二人おもしろいねぇと楽しく見守ってきたものとして、今生の別れというこのとき、ああようやくにしてと感極まった。きりちゃんよかったなあ、でも切ないねぇ。この鈍感源次郎めそれにしても、男前に育って。

喋りながらのキス。最高じゃないか。
泣き笑いさ。何べん観ても、泣いて笑って泣く。


映画だドラマだ舞台だと、そんなに沢山みてきたわけでもないが、今まで出会った中で一番のキスシーンだ。


後日明かされたのは、このシーン、堺雅人さんと長澤まさみさん二人の俳優が、台本になかったのを
ここでは二人の気持ちをより表わし伝えるためここでキスをすることにしたいが
それなら喋りながらというのはどうか 前からやってみたかった
いいねぇ
そうやって作り上げたということだ。
素晴らしい。
お二人に大いなる拍手。拍手。拍手。拍手。



真田源次郎幸村の最期の目を閉じた微笑みは、光の中に溶け込んでいって、哀切このうえないがふるえるほどに美しく清々しい。 
むかし男ありけり かく生きたりと後の世に伝えよかし

源次郎よくぞ戦った 見届けたよ と呆然としながら涙、画面がよくみえない。
神社に落ち延びた主従の姿に哀れ、と涙が滲みはじめていてここで頂点に達した。

堺雅人は喜怒哀楽すべてを笑顔で表現できる役者、と言われている。すばらしいです。


このシーンが思い出されては一晩転々として眠りが途切れ、睡眠不足か翌日は体調が大崩れして、寝込んだ。蒙朧としながら正直ここで年貢の納め時かと思った。
冒頭のような経緯もあって、これじゃまるで殉死だなぁと弱気になったが、ちょっと待ていくらなんでもシャレにならぬよと踏ん張った。ただひたすら寝ていただけです。
そうだ、私は六文銭を持っていません。三途の川は渡してもらえないのですよね。というわけでまだこっちの岸にいられるかな。。。


この場面について後日談で知ったこと。

幸村があそこで死を選んだのは美学のゆえではなく、戦況を慮って敵をくらまし味方の不利を招かない為の策として考えたことであるという。
それは 死せる孔明 生ける仲達を走らす そのもの。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161220-00000066-spnannex-ent

『ここまでのようだな』というのは決して美学として言っているわけではない
どうやらここがギリギリだから、ここまで来たら佐助に首を取って逃げてもらった方が作戦上よろしかろうという非常に現実的な選択だ


こういう考え方もあるのか、と目が覚める思いだったが、そこでふと先の大戦の硫黄島の戦いのことを思った。硫黄島の戦いについては青山繁晴氏の「ぼくらの祖国」に依ってさまざまな考えをめぐらしている。
ちなみに指揮をとった栗林中将は旧信州松代藩の出身だ。

日本人はとかく最後は情に流れるのに、この幸村の死の選択は美学からではないという。
情緒に流れていない。
最期まで知に立ってあくまで思考停止はない、この乾いた発想。

それでいて場面には余韻嫋々とした趣が漂う。日本の歴史物語なんだなぁ


信繁の最期
脚本 (空を見上げる)
演出  自分がやるべき仕事は全部やったんだと、
    この世にあまり思いを引きずらず、安らかな顔で終わりたい
俳優  「目の男」として見続けてきた男の最後くらいは
    目を閉じさせてもいいんじゃないか

鮮やかなコラボレーションだね。
堺さんは最初から、信繁は、見る、目の男であると言っていたから、その人が目を閉じたときは死を意味する。

見事に完結した。
信繁、おつかれさま



****************
愛でてやまないシーンいっぱいありますよぉ

「どこから見ても得体の知れない爺だわ
「(ニコニコ)
・・・「油断しゃしぇるのだ



真田丸の攻防に勝利。
猛将幸村公、チョイチョイと木村重成を招きよせてなにを言うかと思ったら
目をパチクリさせながら
「心の臓が口から出そうだったわ
こう聞かされて重成ポカンとし、促されるとニッコリして城へ走る。
源次郎幸村の緊張解けやらぬ放心顔と重成のニッコリ具合と、間合いがよくてねぇ。


などなど などなど ホルダーにいっぱい



キネマ旬報 2008 11/下 に『実存演者・堺雅人』という表現があって、なにやら難しい言葉を編集者はどういう意味で使っているのだ?とクビをひねったが、今回いろんなインタビューが出て、あー、とちょっとわかった気する。

幸村が使う十文字槍って重いんですよ なんか腹が立ってね
こんな重い槍を持っているのだから使いこなす理由がないと嫌だということが根底にあったかもしれません


たぶん十文字槍を地面に突き立てて馬上筒の支えにするというアイディアのことを言っているのだと思う。

この方は、重い!と槍に腹を立てて、ただただ振り回すのは納得せず、かといって軽いのにしてくれというのでもなく、、幸村が重い十文字槍を何故必携しているのかと思考と試行をめぐらし結果銃の支えに辿り着くのである。
そして視聴する者は出来上がったその場面を見て喝采を送るというわけ。
こういうのは、創造の妙だね。



📖 📖 📖


さて、お礼が遅くなってしまいました。神様。
なんやかんやムニムニいいながら生き延びられました。
ありがとうございました。

「文・堺雅人」3 もう少ししたらまとめられるんじゃないかなぁ、それ手に取りたいなぁ📖
鳩の源次郎くんときりちゃんの水場を確保しておいてあげたいですし
いや、神様におまかせいたします

二礼ニ拍一礼





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さニャだ幸村クン現在行方知れず
さてはうちの真田も薩摩に落ちたか






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2016年09月16日

夏の名残に「ジャージの二人」逍遥


この映画は何回か観てあったが、八月の蒸し暑い夏の一日、せめて目の避暑をするべしと見たら、いままでになくゆるさに集中できて「これはよく出来た映画だなぁ」と面白さいろいろ再会・発見だった。

元気がでて、この期に及んで原作を読んだり、制作風景も見たくなって特典付DVDも買ってみた。


そういえばジョン・レノンは、リチャード・レスター監督の「How I won the war」に単独で出てた、よくわからん映画でラストシーンを朧にしか覚えてないや、軽井沢ではストレートのコロンビア・コーヒーを飲んでいたそうだとか、とりとめもない連想の道草まで始めて時間は過ぎてゆく。


『なんか、こう・・・いいね』 状態に浸っているうちに夏は往き、シオカラトンボがウキウキ飛び始めている。

おっと、頭の中だけでも山荘にまだ居させておくれ、と季節の早い移ろいに抵抗する。



映画の肝は、堺雅人と鮎川誠の二人を親子で並べたことで、これよくぞ思いついたものだ。

始まりは、魔女遠山さんの言うとおり、「親子にみえない、変」という感じだったのに、そのうち二人が並んでパソコンを覗いているあたりになるとこれが、そこはかとなくなんとも似てる。
わぁ親子ですねぇ、と一般ピープル親子を前にして発するのと同じレベルで感想が出てくる。

 シーナ&ロケッツのシーナさんが堺さんに「若いころのマコっちゃんに似てる」といったそうだが、あーこのお墨付きがあるのなら何もつけ加えることないですね。



会話の有るなしにかかわらず、二人のたたずまいと間(ま)が醸し出して、全編に漂うこのゆったりとした日常感が、とても貴重で好もしい。

奇を衒った過剰な表現はいらない。
そういうものがなくても、日常はじっくり観察すると十分な活気と刺激にあふれている。
気づくか気づかないかだけだ。

**

これまで、気に留めなかったやりとりに引っ掛かって原作を読む気になった。

遠山さんの話し方はアニマート 生き生きと
僕なんかは?
・・・ラ×○●×△×
どういう意味?
教えない

教えてくれないのだし、そのまま、父はリタルダンド母はレガートと続くし、ふーんと聞き流していた。

今回は、ところで僕は何だといわれてるわけ? と耳をそばだてたら、ラメンタービレ? lamentabile?

音楽用語で lamentabile は 悲しそうに 哀れに  だって。

おい、花ちゃんて嫁さんに似た容赦ない女子(おなご)だな、とぎくりとした。
おなごは容赦などしないというだけかもしれないけれど。

聞き間違えていないか原作を確認しよう、となったのだ。
なんとここは映画オリジナルだ。主人公の僕は異母妹にそう見られている男であるのか。ふっと息子の輪郭が見える。
さらりとこの一言をいれていたのには唸った。

知らぬが仏とはいうけれど━
演じる堺さんと監督には、この男だったら奥さんああなるの仕方ないか、みたいに言われてるし、いいのか 息子、言われ放題。


でも息子も小説のほうでは別のところで花ちゃんにやり返していて、クスリと笑う。

「のびたねえ」僕の第一声は毎回それで、花ちゃんはそれで笑う。
成長をまぶしく感じているというのではなく、雑草かなにかが「無駄に」のびた、そんな呆れた声音になっているのだと思う。
長嶋 有 「ジャージの三人」



「無駄に」のびた、というところが私の笑いのツボにはまっただけで、息子クンはただ思うところそのままを、なんの含むところもなく言ってるんだろうな。
んでもって・・・ラメンタービレ のお返しをくらう。

まあ、あるようにしか生きられないから。


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即席お好みブックカバーを作って読書


文庫本をamazonで取寄せたらカバーが親子のイラストだった。webページにそれと並んで載っていたのほほんとした風景イラストの方がほしかったので、イラストを真似してブック・カバーを作った。真似して描いたはずなのに、木が平気で横に移動しているのには、素直にトレースもできないのかと、ちょっと自己嫌悪になったがすぐ回復した。
木だって歩きたくなる時もあるだろう


**********

届いた本を開いて冒頭の文字を目にしたとたん
「上手い!!」
と思わず声がでた。

原作は、夜からなんだ。

上手いというのは、小説では夜の出発を、映画では、コンビニの看板を見上げて蝉の声が聞こえる、いかにも暑さ盛りの昼日なかの画面から始まったことに対してだ。

夜と昼の逆転で始まることで、共通項はあるがそれぞれ独立した世界だよと、ワンカットで了解する。
映像が語る━普通に映画はこうでなくちゃと喜んだのね。



「昔、この道でジョン・レノンとオノ・ヨーコをみたよ」
と父が言い出す。
   (え?息子と一緒に 固唾を飲む。)
 沈黙。
 「先に言ってよ!」
 「なんで」
 「もう、生活が全然違ってくるよ」

わかる、わかるぞ息子。その叫び。
再び沈黙。
ひと夏の別荘暮らしの場から去ってゆく車の後ろ姿で「ジャージの二人」の部おわり。これがいい。

小説には息子の叫びの説明あり。文字世界だと書くよね。
映画の沈黙の間に当方が思い巡らしたことと一致していた。

そうだよねとためいき。
親ってそうだよ。
大事なことを後から言う。

あるとき母がぼそっといったことには、
“昔弟が獣医で小岩井農場に行ってたから、訪ねていったことがある。馬車に乗って”
話題が出たのはそれっきり。
 昔━戦前の 小岩井農場へ 馬車に乗って━
宮沢賢治に多少なりと首をつっこんで、聖地巡りの旅で小岩井農場詣でをした者はちょっと目眩がした。
 先に言ってよ



男二人黙ってトマトをかごに入れている様子をみているだけで、笑いが込みあげて来るなんて、とても豊かな笑いだと思う。


脚本は中村義洋監督が書いている。

原作を読んで知る、映画は削りに削りながらも、小説世界の要素をさまざまに映像に集約させていること。

言葉でしか表しえないこと、もの。
映像でしか表しえないこと、もの。

原作はあるが映画は独立した世界であると、背筋を伸ばした姿勢がはっきりしているから、かえって映画と小説の間を、気持ちよく行き来できる。

一年後「ジャージの三人」の部になって、映画での父子はおそろいのジャージを着ない。
和小と田井小。たいしょー、大将かい。楽しそうだな。
おそろいでない、という設定がいい。

ストーリーや細部の違いに、なぜこうした、という違和感がない。
映画と小説と、それぞれに流れる時間と空間で、それぞれの人物がそれぞれ自然に、それぞれに相応しく生きていると、思えるのだ。

原作ありの映画をみても、見た後ことさら原作を読もうという気にならないくちだが、今回は読んでよかった。

 ありがと 耳にとどいた lamentabile 🎶


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「さかいふぁん」と幟たててから日は浅く、ぽちぽちと旧作を拾って観てきた。

たまたま外出先で見た「リーガル・ハイ」での堺さんの台詞まわしに
「日本語をこんなに緩急自在、力強くしなやかに明瞭に、耳に届けてくれる役者がいたのか!!」
と仰天してひれ伏した。

有名な絹美村の回ではなかった、というのが今にして思えば、まだ感覚ぼけてなかったねと、反応した自分をちょいと褒めたい。
役者にピキピキッと反応したのは実に実にひさしぶりだったもので。
脚本が古沢良太さんというのがほんとによかった。

と、堺節台詞回しにうっとりするいっぽうで、
あのね、古美門研介・半沢直樹と続いたものだから、世間はいとも安易に長広舌は堺雅人、のレッテルを貼ったけれど、
私はこの作品の中村義洋監督の「堺さんの真髄はリアクションだ」との見方に共感するものである。
監督曰く「とにかく、面白いんですよ」 

一方「この映画は鮎川さんの観察日記」という堺さん。
この方の韜晦とレトリックはその裏で実に的確に核心を衝いているもので。
ふむ、秀逸なリアクション演技の極意は観察にあるのか。


真髄はリアクションだ、ととらえているからこそ、ではこの人が逆をやったらどうなるのかという地平線が見えて、次に組んだのが「ジェネラル・ルージュの凱旋」とは。


ひと月ほど入院した大学病院の、病棟1階に救命救急センターがあって、コインランドリーが地下1階だったから通りすぎるたびに、速水先生━━😵とうるうるしていたし、売店に立ち寄ってはチュッパチャプスを買い込んで、チュッパチャプスツリーのほぼ半面を空にしてやった。

救命救急センターはいつも人影はなく際立って静寂が支配していた。実際はこういうものなんだと実感してきた。

それに、禁煙を余儀なくされたらチュッパチャプスをくわえているのがいいんだよ。飴玉はイライラうっかり飲み込んでしまう。
まぁ、ね  退屈しなくて済みました。イチゴミルク味がおいしい。


よりによって困ったことに、映画でもドラマでもナレーション付くの嫌い、歴史もので幕末と戦国はもう食傷というのに、正直渋々観ている「真田丸」では、源次郎くんのリアクションをみることにしている。そうすればなかなかいけるよ。

そうするより仕方の無い筋立てだしなぁ。

小さな声で言う。上田駅には何度も降り立ったけれど、幸村公の像を見たことがない。
いつもロータリーで一服したら満足して、とっとこ、しなの鉄道乗り場に向かっていた。
世の真田好きにとっては顰蹙ものだろうが、だって幸村公は人質になって上田を出ちゃって、活躍したのは大坂じゃんねーと屁理屈をこねておく。

で駅前、公は何処におわしますや?
今度上田に立ち寄る際には ぜひ御目見得をたまわりたく御願い申しあげ候 とか言ってるときに限って行けないものであります orz


でもまぁあれですよ、いつのまにか源次郎ときりちゃんの掛け合いが楽しくなっていて、ベランダに遊びに来るつがいの鳩を、源次郎〜きりちゃ〜んと呼んでいたら、『ヘッ?』と首をかしげたり、近くに来て目をパチクリさせキョトンとするから可愛いものだ。

 楽しみは勝手に自分で見つけ出すでございます


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北軽井沢側から見たことはないが、向こうの軽井沢側からはさんざん眺めた浅間山が、肩の下がり方が逆とはいえ、おなじみ「浅間山」として嬬恋の遠景に形よく澄ましておさまっている。

あの台形頂上の右の凸のあたりは外輪山の黒斑山で、嬬恋村側からは「三ツ尾根」と呼ばれているそうだ。
あそこを昔登った、と今頃思い出した。
途中で、浅間山が過去に噴き出したのだろう火山岩がごろごろしているガレ場へ出た。雲いやあれが噴煙か?が流れてくると視界は遮られ、どこからか轟音が聞こえてくるし、賽の河原とはこんな場所を言うかと怖くて震え上がった。



裾野にキャベツ畑の広がる緑を従えると、
なんかこう・・・浅間山が可愛らしく映ってみえる

設定としてはレタス畑なので、役名:レタス のキャベツたち

・・・

そうだ、和小の読み方は解決したけれど、解決していない BLTサンド とは ベーコン・レタス・トマト・サンドでいいのかな

トマト攻撃にあってうんざり、わかっていてもTomatoと言わない?


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近頃見かけるTKGとは
 Taマゴ・Kaケ・Goハン
と分かったときは怒りと落胆しかなかった。
なんでも頭文字にするの、やめてくれ。
頭文字に詳しい人まわりにいないんだから






posted by そら猫@あやまろ工房 at 00:51| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 観る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月04日

三箇日 TOKYO MX TV賛

てっぺんに蕗の薹を三つ乗せた苔玉を買う。小皿付き¥1,050.
昨年の暮れに見掛け、年が明けても丸い面影が消えなかったので買いに行った。

今年はTVドキュメンタリーで見たいと思うものがなかったけれど、映画とTVドラマで十分に目の保養をした。

1日は『ニュー・シネマ・パラダイス』
フランスの役者フィリップ・ノワレ、画面に映っているだけで和む。シチリアの小村が舞台のイタリア映画なのでよく喋る、会話が飛び交う。それでうるさいとも思わず受け入れてしまうのはイタリア語だからか。
大人のサルヴァトーレがジャック・ペランだった。年を取らない顔である。
60年代に映画プロデュースを始め第1作が『Z』だったので、あのやさ男が思わぬ硬派と「スクリーン」に載ったものだ。

映画はいい、と改めて思う。

ヴィデオの普及もあったが、今様小ジャレた映画館にうんざりしたのは忘れもしない『インド夜想曲』を見に行った渋谷東急文化村の映画館で、入れ替え制はいいとして、入場前に客を並べてタキシードだったか黒チョッキだったか記憶も朧になりはしたが上映前の客席マナーを気取って解説した従業員に、遠路はるばる出向いた鄙に棲む私がいたくご立腹あそばしたからだ。
映画を見る前になんで説教されにゃならぬ。
もう16年も前のことだ。

“たかが映画じゃないか”─A.ヒッチコック


2日は『ショコラ』
こちらはフランスの小村が舞台とはいえアメリカ映画なので飛び交うのは英語。
「風の又三郎」と「モモ」を合わせたような出だしだったがアメリカ映画はやはりアメリカ映画でショコラというよりチョコレートの風情。
でもハッピーエンドは好きだ。アンハッピーエンドは現実だけでいいだろう。

エリック・サティの“グノシェンヌ”とジャンゴ・ラインハルトの“マイナー・スウィング”が劇中流れたのでにっこりとする。



2日(3篇)と3日(4篇)は『名探偵ポワロ』尽くしで目と頭のご馳走。
これまでNHKでときどき、偶然TVのスイッチを入れたらやっているので見てはいたという程度。
『白昼の悪夢』は1度見ているのに、犯人が誰だったのかすっかり忘れていて、再び画面に釘付けになってしまった。

こうして続けて見るとデイヴィッド・スーシェのポワロのひげの形や太り方が作品によって微妙に違うのや、頭頂の髪の量でこれは初期に制作したようだとか分って、そんな発見まで面白い。
本当に卵みたいな頭。これがいいのだ。

映画でピーター・ユスチノフとアルバート・フィニーのポワロを見てはいるけれど、これがあの有名な探偵かと眺めた割にはさして印象が残っていない。
アガサ・クリスティーはなにしろ「そして誰もいなくなった」あれ一作しか読んでいないからどうこう言う筋合いではないし。

けれどD.スーシェのポワロはいい。
今日買った丸っこい苔玉までポワロの頭のように見えてしまう。カワイイ。
ポワロ熱にかかったらしい。


以上の新年の目の楽しみはすべてTOKYO MX TVが放送してくれた。感謝。
何年か前の正月にはインド映画を立て続けに放送していた。真似をして歌って踊ってあの時もずいぶん楽しませてもらった。

TOKYO MX TV賛。
ここはFC TOKYOの試合放送をするので、ひっつくようにして鹿島の試合が見せてもらえるというわけ。



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2006年02月11日

ネロ〜オリンピック〜誰も寝てはいけない

アメリカ遠征しているサッカー日本代表の対アメリカ戦をみていたが、例によってなあんとなく締まらないねと思っているうちに2点取られて前半終了。全然気合がはいらないので、チャンネルを変えてローマ皇帝ネロの海外ドラマを見る。

こういうのは時代考証の美術や装置を見るのが楽しい。フェッリーニみたいなこってりしたものではなく淡白な味だけれど、ネロ物語も面白かった。おっかさん役の女優がパゾリーニの『王女メディア』のマリア・カラスに似ていた。

ちょっと気を許すと刺客は来るわ毒は盛られるわで、皇帝になるのも大変である。洋の東西を問わず過去の歴史における政権交代の背景はまあ物騒なものであることよと思う。
ネロはもと詩や音楽が好きな青年であったというから、そういう物騒な運命に呑み込まれて正常でいられなくなったという解釈は肯ける。ロマンチストが頭をリアリストに切替えられないと、碌なことにならないということでもある。

それが終わってチャンネルを変えたら今度はトリノ・オリンピックの開会式の録画をやっていた。
白装束の人たちが、宙にへばりついてもじもじ君をやっているうち鳩になった。そしたらオノ・ヨーコさんが出てきたので驚いた。ピースです!と言ってた。それで『イマジン』が演奏されたのでまた目を丸くする。な、なんで? というのが正直なところで、ここのところずっと我が身の処し方に汲々としてニュースに注意も払わないでいるが、もしかして世界情勢はとっても悪いのだろうか?

するうちこんどは聖火が到着して、花火になって点火だ。
オリンピックの開会式というのもなにかメッセージやコンセプトというのを発信しないといけなくなったしショーとして演出も工夫を凝らさなくてはならないし、大変だねと思う。選手が行進すれば済む時代ではないのである。長野オリンピックのはなんだかお寒かったなぁとしか覚えていない。

トリノのとりはパヴァロッティが 誰も寝てはならぬ〜♪ と歌って締めた。貫禄である。

誰も寝てはならぬ〜 オリンピックをみろ〜 ということか? NHKもぶち抜きで放送をする。

と言うわけでこれからしばらくは憂き世を脇に除けてオリンピックを見る。




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2006年01月07日

エジプトイチジクの樹

アフリカの川沿いにある高さ10mという一本のエジプトイチジクの大樹とその周りに生きる昆虫・動物・人、ありとあらゆる生命の連環のドキュメンタリーを見た。

3ミリほどのイチジクコバチは生まれて数時間の生命で、メスはイチジクの実の中に花粉を運び卵を生み、オスはイチジクの実の中で生まれ育ったからメスが外界に脱出する通路を作るとこの世での命を終えてゆく。

小さなイチジクコバチを食餌と狙う昆虫、その昆虫を狙う昆虫それを狙う爬虫類。
イチジクの実を食べに来る魚、それを狙うワニ。
樹のもとには鳥が来るサルが来るキリンが来る象が来る。

一本の樹の周りで起きる弱肉強食の命の奪い合いを延々と見たのだが、自然の定めというのは酷いものだなと涙ぐんだりしながらも、整然とした秩序というものを感じた。
この大いなる秩序はいったいどこから生み出されてくるのだろう。

ふっと、ブッダは樹の下に坐って『悟り』を得たのだと思い出す。
そして『法─ダルマ』を説いたが、それはなにかといったら『諸行無常─すべてのものごとは移り変わる』ということだという。

ああ、ブッダは菩提樹の下に坐ってこのドキュメンタリーにあったような光景をつぶさに見つめていたのだろうな、などと思った。

ブッダ(仏陀)というのは悟りを得た人という意味で、『正等覚者─目覚めた人』という表現もされる。そこには『見る人』という意味もあるのだそうだ。

作ったのはイギリスのカメラマン夫婦と助手夫婦の四人。
優れたドキュメンタリーを作られますがその秘訣はと問われ、「『観察』することです」と答えていた。
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2006年01月03日

犬に年始の挨拶をされる

早朝はアスファルトの道路に降りた霜もまだ白く、滑って転ぶなどしないよう足元を見ながらうつむいて歩いていると、今すれ違った散歩犬がこちらに向かって来ようとしているのを、視界の端に感じた。
犬は私の担当ではないから気に留めなかったら、見ず知らずの犬の飼い主に声をかけられた。
知らない人に咆えないで近寄るのは珍しいのだそうだ。

そこで犬さんに『おめでとう』と年始の挨拶をした。小柄な柴犬で、寅さん渥美清みたいな細い目をしているのが好もしかった。

戌年の初めに犬さんに好かれた。春から縁起がいいや。

TVの箱根駅伝を見飽きてチャンネルを替えたら源氏物語に材をとった『千年の恋』をやっていた。CGでいろいろなことが出来るから平安朝廷や自然の猛威の再現がけっこう面白かったし、時代考証による当時の風習も興味深く見た。
貴人である源氏が馬にまたがってタダイマ〜というのは、はてな?だけれど電気絵巻物だからそのへんはまあいいや。

長い物語だから人間ドラマをきちんとやろうとしたら、それこそ大河ドラマの形をとるしかないだろうけれど、限られた時間のなかでけっこう要所をついているのでこれはそうとうな人が関わっているなと感心して見た。最後に脚本が早坂暁と出たのでなるほどと思った。

じっさいは紫上を演じてふさわしい品のあるのは吉永小百合なのだ。残念時間は巻きもどせない。諸行無常。そこで吉永小百合は紫式部にもってきて式部の物語と源氏物語を絡ませてお話にしたと、上手く作ったものだ。

仏像100選という番組も面白く見た。最後の100選目にタリバンに破壊されてこの世から消滅したバーミヤンの大仏をあえて配置した番組制作者の見識を支持する。
そのなかで登場した韓国の石仏が樹木希林にそっくりだった。

早坂暁・吉永小百合・樹木希林...あら、夢千代日記。
posted by そら猫@あやまろ工房 at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 観る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする