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 あやまろ工房

『絵のない日記』〜そら猫通信

しのぶべき人もなき身はある時にあはれあはれと言いやおかまし  和泉式部

2010年01月18日

PCのデータが消えました

13日の夕方からPCが使えなくなった。
結論はリカバリーするしかないとなって、延々復旧作業をしていた。

前のPCでも一度リカバリーをしたが、なんだか今回の方がずいぶん時間がかかったような気がする。
作業中のパソコンを横にうんざりし所在無くて、読まずに積んでおいた本のなかから一冊手にとって読み始めた。

電子書籍もあるけれど、たとえばチェーホフならなんでもいいから読みたくなったなんてときに、青空文庫でとりあえずの渇きを癒して重宝と思ったけれど、本のページを指でめくるという感触はいいもので時間の流れ方と密度が違う。

頑として開かないPCの画面に腹が立って、これを潮にインターネットなんかやめちまうか、とまで頭に血が上っていたこともあって、真逆の世界ともいえる読書の良さをしみじみと感じた。

以前頂戴したものの、その時が来ていなかったのだろう、読む気にならなかった吉行理恵の「湯ぶねに落ちた猫」を、設定やソフトのインストールをする間、あちこちページを繰りながら読み終えた。

逝ってしまった猫のことが書かれている。ぱらっとみたとき読む気が起こらなかったわけである。傷はいまだに疼くので、自分ではおおよそ買わない傾向の本である。

頂きものでこういう邂逅をするのがいい。偶然がかさなったようではあるが、あるいは必然だったのかもしれない、などと思い始める。

バックアップをしてなかったので、リカバリーで画像や音楽データが消し飛んだ。

ピッコロと団吉の写真がすっかり無くなってしまったかと意気消沈した。団吉はこれからもモデルになってくれるが、ピッコロはかなわない事である。

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私の宝もの


調べると以前のPCのリカバリーで懲りていたらしく、Dドライブに2007年3月までの画像が保存してあった!

それ以降が途切れたのは、ピッコロの病気が再発して私が取り乱してしまったせいかと思う。
どうもあの時から私は、団吉を抱えて異なる次元にワープしてしまったような感覚がついてまわっている。

めだか達の画像もいろいろと増えていたのに消失した。
それでもここに初代の子たちからぽつぽつ載せていたのが残っているのは、不幸中の幸いだ。
いまや大切な家族となっているのだから。


 君が残したのは一枚の写真だけ
 それがすべて

とは、サイモン&ガーファンクルの「旧友」。
そういえば昨年の東京ドーム・コンサートが終了するや海賊音源がネットに登場したのをこっそり頂戴してあったが、き・え・ま・し・た〜〜〜

13日の朝MDR-FIGAROで録音したメルクル&MDR交響楽団の「幻想交響曲」、ベルリオーズのサイケデリック・ミュージックだわ〜これは! という痛快さ。ブラーヴォ、ブラーヴォとゲヴァントハウスが沸いていた。ビートルズの「サージェント・ペパー・・・」をひさびさ聴きたくなった。帰ってからの編集が楽しみ、CD作っちゃうぞと出かけたのだが。

そういうわけで、ドイツ発サイケデリック・ベルリオーズ、き・え・ま・し・た  がく〜(落胆した顔)
posted by そら猫@あやまろ工房 at 23:38| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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