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 あやまろ工房

『絵のない日記』

しのぶべき人もなき身はある時にあはれあはれと言いやおかまし  和泉式部

2012年03月14日

猫が好き

ピッコロの姉妹猫クーピーが、この2月28日猫の天国に還っていったとMさんから電話をいただいた。
留守番電話にMさんの名乗りだけのメッセージを聞いた時、もしかしてクーピーのことかもしれないと予感があった。
夜遅くの帰宅が続いてしまい、こちらから電話をする前に再度電話を頂き、猫という小さな命への『愛』を語り合った。

 愛という文字は、心がせつなく詰まって足もそぞろに進まないさまを現わしたものだという。

私たちは、もうちょっとこちらの世界で過ごさせてもらうつもりでいるけれど、いずれは後から追いかける。
しんどいご時世ではあるけれど、小さな可愛らしいもの達との思い出を胸に抱きながら生きていけるのは幸せだ、などとも語り合った。

1995年の5月初めの頃、何処かで七匹の子猫が生まれて人に捨てられ、生き残った二匹が、Mさんの家と私の元で暮らすことになった。

里親を申し出ていただいたMさんのもとで、クーピーは17年間大切にされて兄弟姉妹の分も生きた。
Mさん、ありがとうございました。

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雉トラのクーピー 黒白のピッコロ

http://www5.ocn.ne.jp/~ayamaro/pic-8.html


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2012年01月09日

またたび酒

心はいつも猫とともにあるのだから、またたび酒にたどり着いたのも自然なことなのかと思いつつ、飲み始めた。飲みやすい。
富山の利賀村のまたたび酒を、金曜の夜注文したら日曜の夜には届いた。

寒さが応え、指先や足先の血行不良が目立つので、血行促進になにかアルコール分を少量でも摂っていたいと下戸ながら思ったわけで。滋養強壮にもなるしと自分に言い聞かせた養命酒は何度も挫けている。あの味がね、どうしても好きになれない。好きでなければ続かないもので。

梅干をたまに取り寄せる和歌山のお店が、年末年始の注文に自家製の梅酒をおまけに付けてくれていて、あれがいいなと思えど、まだ梅干は冷蔵庫に在庫あるし、酒類販売は免許制なのでそこはあくまで自家製のおまけとして客に提供するのみ、かといっておまけ目当てに新注文して梅干の在庫を増やすほど梅干狂ではない。でも、梅干は南高梅に限ると思っている。
ならば和歌山の梅酒を探してみようということになった。

よさそうな梅酒はないかと探した。条件は完熟梅を使っていること。なぜならおまけで気に入った梅酒は完熟梅を使っているということだ。青梅ではないのである。

探しているうちに、梅酒と並んでいるまたたび酒というのに目がいった。
効能に曰く、血流改善(オオ!)老化遅延(ん?)ひざ痛(それなのよ!)腰痛・神経痛(へぇ〜)リウマチ(エエ?ホント?それ言っちゃって大丈夫?)

リウマチ科の医者が、世間ではリウマチを治す方法というのがいろいろ言われてますがへんなのに引っかからないようにね、と言っていた。
でもお酒ならなんの罪も無いでしょう。

しかも、ねこにまたたび…ごろにゃん、とばかりまたたび酒に興味を持った。
勘でもって銘柄を選んで注文した。たまたま富山の利賀村産だった。利賀村って早稲田小劇場がどうとかのところかなと思ったら、そこだった。演劇ファンというのでないから、それだけのことだけど。

銘柄は、またたび酒「仙人」という。

というわけで、ひとりでセンニンを飲み、また旅を始める。


 「ボクのクラリネット」 
 そのとき団吉クンは、またたびの枝を両手にもって忘我の状態でかじっていました。
 それを絵に描いたら、クラリネットを吹いていることになりました、のです。



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2012年01月05日

賀正

平穏無事な年となりますように

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なんとなく恒例となったペーパークラフトでは干支の辰を作ってみました。

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初詣は毎度の福招き白猫神社です。
おみくじを引くと『ダン吉 精神的にリラックスできそう』と出ました。
大吉より嬉しいかも。


昨年はわが身は病気の連続、世間は大災害に大馬鹿政治、世界情勢大不安定という年でした。

今年になったからといって、なにかが急に変わるわけも無く、暗雲は広がるばかりのように思われます。
そういう中でも、生きてある喜びと感謝、愛すべきもの美しいものへの慈しみと感動を、忘れないでいたいです。
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2011年06月12日

団吉くんの一周忌

一年たった。

こういう日なんだからと、スケッチブックを久しぶりに開いてみた。
いっぱいスケッチはあるのだけれど、なんだか辛くて泣き出しそうだからほとんど見ないできた。

今日はその中から二つ飾って、団吉を偲ぶ。


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2011年06月07日

なつかし台湾バナナ

病気になったので、いかにも療養中といった食べ物を摂っている。
おかゆ、ヨーグルト、果物入りのゼリー、榮太楼のアンミツ。
メロン、すりおろしたリンゴ。

珍しく台湾バナナが店先に出ていたので、懐かしくて買ってきた。“昔ながらのバナナです”というシールが貼ってある。

口にすると、果肉がほっこりして甘味が広がる。
バナナといえば、子供の頃は風邪を引いて寝込まないと、口に出来ない高級果物だった。
熱で味なんてわかるはずもなくて、元気なときに食べたいのになあと何べん思ったことか。
昔のバナナは台湾産だった。
月日が流れるうち、フィリピン・バナナしか見かけなくなって、時おり台湾バナナは何処へなどと思っていた。こういう健康状態のときに手に入ったというのが、ちょっと因縁めいて嬉しい。


すりおろしたリンゴというのも、何十年ぶりに口にしたことだろう。これも子供の頃の病気時定番食だった。こんなにおいしいものだったか。


懐かしい味との再会は、「はい、これで元気になるんだよ」という遠い日の呪文がよみがえったような気持ちになった。

あとは、白桃とみかんの缶詰を食べれば、昭和の子供の回復の呪文は完成する。


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つつましくアナカリスの花咲きにけり
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2011年06月03日

今年も咲いたアサザの花

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今年もアサザの花が咲いたなぁ、と花の律儀さに感激しつつ、同居のメダカたちの顔ぶれがずいぶん変わったことに、ふっと無常を感じたりしていたら、胃潰瘍で倒れてしまった。

それからちょうど一週間たった。

三日間は痛みに翻弄されて食べることもままならず、水だけでしのいだら5Kg体重が減っていた。
ようやくゼリーやヨーグルトが食べられるようになったものの、少し固形のものを口にすると、まだ胃が重苦しくなってしまう。

歩くとふらつく。
かといって寝てばかりでは体が衰弱するから、なるたけ動こうとするが、急激に体重が落ちたのはかなりこたえていて、うまく動けない。

医者に、今のあなたの仕事は食べることだといわれた。

寝ては起き、起きては食べている。

少し食事が取れるようになってきたら、ほっとして煙草に火をつけようとしている自分の幻がみえる。我に返ると、回復してきたんだなと実感する。
でも今回はさすがに断煙になるかもしれない。

体にあまり優しくしてこなかったかもしれない。少しは健康オタクになってもいいような気がする。いまさらだけれど。


身心打ちひしがれている最中に励ましや支援をいただきました。
ありがとうございます。








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2011年01月02日

起こさないでください めだか冬眠中 

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「起こさないでください!」
ベランダのめだか越冬隊員代表


ベランダのめだか越冬隊員は大小50匹ぐらいいる。
このところ日中でも底近くでじっとしている。旧暦だと今日は11月28日なのでいよいよ冬本番ともいえるのだから、このごろは昼の太陽光線に勢いがない。

暖かければ日向ぼっこをしに水面に上がってくる連中が、正直なもので昨日も今日も誰も姿を見せない。皆上手に物影に隠れている。

水底に張り付きながらも、ひよこのかくれんぼよろしく背中が見えていた子に「きみたちにも年賀状が届いたよ」と声を掛けたら、あたふたと尾ひれを振って頭を底に押し付け潜り直していた。

posted by zero@あやまろ工房 at 22:40| 神奈川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

謹賀新年 2011

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月と金星

夜明け前にベランダへ出て、めだか達も初日の出の光を浴びられるようにと片付け物をしてからふと空を見上げたら、三日月と明けの明星がきれいに並んで輝いていた。「あかつき」はあんなところまで飛んで行っているんだなぁと見とれた次第。



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今年の干支であるうさぎをペーパークラフトで作ってみた。

こは何と鳴いて訊ねる猫おらず



さかなクンのハコフグ帽子・ペーパークラフトも一緒に作った。
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ハコフグ帽子を被ったグランパスくんは海の食物連鎖の頂点にいるというシャチで、天敵は自然界にいない(除く、武器を持つ人間)というのだから、とんでもない組み合わせだなとは思うが、我が家は何でもありなので気にしないことにする。
枕にクッションにととても重宝なおやすみグランパスくんである。名古屋グランパスのマスコットだ。

が、私のひいきは鹿島アントラーズなのである。
本日の第九十回全日本サッカー選手権 天皇杯優勝。
試合巧者であった。本山、小笠原、野沢あたりの油断のならなさは見ものだった。

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2010年10月18日

このごろのお気に入り

TVを見なくなって久しい。
もとよりニュースとドキュメンタリーくらいしか見ていなかったところへ、宮崎口蹄疫報道で報道規制がかかったか、情報源として役立たずということが明らかになったので見切りを付けた。

先ごろ来の尖閣諸島にかかわる出来事でもTVは端から見もしなかった。
もっとも、10月2日に東京の渋谷で行われた日本人による3000人規模の反中・政府批判デモをどのTV局も報道しなかったのだから、TVニュースを見たところで、知らされないことは存在しないことと同じだから、どの道役立たずである。渋谷といえばNHKにとっては足下の出来事なのにだんまりを決め込んだ。他の在京TV局しかり。日本の新聞社も書かなかった。
ロイター、CNN、AFPほか海外のメディアが取材に来て、このデモのニュースは世界に飛んだ。チャイナにもニュースは飛んだ。なのに日本国内には報じるマスメディアはなかった。


手間隙かかるが、インターネットで情報を拾っている。



〜このごろのお気に入り 1〜

「おまえうまそうだな」

絵本の世界では名だたるベストセラーだそうだが、縁がなく知らなかった。

テレビ東京がアニメ化したのを偶然に見た。
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/umasoudana/

一人でいろんな声色を使うナレーションがとてもよい。堀玲子さんという。
いい役者もしくは声優だなと思ったら、絵本の出版元ポプラ社の人だというので驚いた。
なんとも味のある語りなのだ。

あろうことか泣いてしまった。この絵と語りにわが弱点を衝かれたに違いない。


TV放映分はニコニコ動画で視聴出来る。
http://www.nicovideo.jp/
要会員登録だがあれやこれや楽しめて便利だ。
うちは団吉が登録していたので私も見られるのである。


劇場用のアニメも公開されるというので、そちらの予告編も見たが、映画館に足を運ぶ気にはならなかった。いじりすぎの感じがして、なんか違う。



〜このごろのお気に入り 2〜

ピッコロ(白黒)と団吉(白)の代役が椅子を占領している。

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白黒のほうは犬らしいがそんなことはどうでもよろしい。この目つき顔つきがピッコロみたいなのだから。
白のほうは有名すぎるキティブランドだが、そんなことはどうでもよい。
白猫といえば、団吉なのだ。

いまでも、団吉が‘ニャア’と鳴きながらひょっこり姿を現わすのじゃないかと待っている自分がいる。



〜このごろのお気に入り 3〜

ドイツの天気予報番組
 


なんでも、雲が厚くなって寒い夜になりますが、そういう夜には猫たちも厚い毛におおわれているといいですね みたいなことをコメントしているそうだ。

猫の名前はルピン(Lupin) フランス語読みするとルパンだわね。
撫でる手つきでカッヒェルマン氏が猫好きというのがすぐわかる。
こういうのならTVを見たくもなるのだけれど。





posted by zero@あやまろ工房 at 00:34| 神奈川 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

愛猫供養 於信州善光寺

兄夫妻の厚意で、わたくしに寄り添って長い年月を共に暮らしてくれた三匹の猫たちを、善光寺で供養してもらった。

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今、三匹は実家の西側の裏庭に並んで眠っている。
田舎に連れて行くと、三匹それぞれ脱走してはこの狭い裏庭を必ず歩き回った。
この八月初旬に行くと、義姉が真中のピッコロのところに桔梗の苗を植えてくれていた。

綾麻呂は暮れの帰郷途中で急逝したので亡骸はそのまま土に帰した。
ピッコロと団吉は夏に命を終えた。火葬をし骨を土に帰した。
慣れ親しんだ姿のまま土に帰してやりたかったが、暑さは容赦なく臭いで死を突きつけてきた。それが動かなくなってもなおいとおしい愛するものたちとその思い出を、穢すようで辛かった。

兄夫妻のところでも、この冬二月に愛犬を亡くし、早く埋葬してやろうという義姉に、兄は「埋めない」と言い張ったそうだ。
その気持ちはとてもよくわかる。

ほんとうに、眠っているだけで、呼べばすぐにでも目を明けて見上げてくれるのではないかと覗き込み、頭を繰り返し撫でたりしては柔らかな毛がすっかり硬くなり、ぬくもりのない体となっていることに諦めを覚え、それでも今一度目を明けるのじゃないかとまた見つめるということをするのだ。

お墓参りを兼ねては、夏の暑い時期に猫の遺骨を抱えて帰郷する度に、兄はスコップで深く土を掘ってくれた。
ピッコロの時は、日中暑い盛りで兄の額から滴り落ちた汗がまぶしく光ったのが目に焼きついている。

ありがとうございました。

ペットの葬儀や供養をする寺院があるし霊園もある。葬儀用の立派な祭壇や棺もあるのだ。お経をあげもらうコースも用意されている。
パンフレットにはことさらに示されないが、お数珠とか焼香とか四十九日という言葉があるので、仏教が引き受けているのだとわかる。
そういうことは人間世界のしきたりに過ぎなくて、動物たちに形式は不要だとわたくし自身は受け入れてこなかった。

義姉が善光寺での供養を言い出してくれて、すべてをお任せし、さっそくに夫妻に代参してもらった格好になった。
ふたり共におみくじを引くと『大吉』が出たそうだ。参詣ごとに十二支の縁起物を授かってきたが、あと二種類どうしても揃わなかったのが今回でぴたりと欠けていた干支が出て十二揃ったという。猫のご利益かと義姉がいうのを電話口で聞いて、きょとんとした三匹の顔を思い浮かべ微笑ましくなった。

そんな話を聞いて、送ってもらったお札が手元に届き、猫たちの写真の前に供えるとなんだかとても気が楽になった。心が落ち着いた。
悲しいのを一人で懸命に抱え込んでいたんだなあと自分自身を振り返った。

昔からの慣わしやしきたりというのは生きてゆく智恵なのだと改めて思い知った。


善光寺さんといって小さい頃から身近だった名刹であるし、無宗派の仏教寺院であるというのも(檀家として実家は浄土宗となるがそういうのに熱心でないので)すべてを受け入れてもらえるようで有難味が増す。
牛に引かれて善光寺参り、という昔話があるようなお寺なので動物にも開かれているような気もしてくる。
そこでわたくしの猫たちが供養してもらえたのはほんとうによかった。

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ピッコロと綾麻呂

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団吉とピッコロ

兄夫妻に深く感謝する。


善光寺:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%84%E5%85%89%E5%AF%BA
追記:2008北京オリンピックの聖火リレーに対して善光寺がとった仏教者としての判断を誇らしく思う






posted by zero@あやまろ工房 at 19:22| 神奈川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月31日

四十九日

昨日7月30日が、団吉の四十九日だった。
火葬を依頼したペット葬儀の会社が教えてくれた。ピッコロのときに頼んで丁寧に対応してくれたので同じところにしたのだ。
部屋の壁際で、白猫団吉は、白い緞子の袋の中の白い骨壷の中で眠っている。
来週には田舎に連れて行って、ピッコロの隣に埋葬してやるつもりだ。

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 +++++++++
「猫は元気?」
「四年前に死んだよ。 ・・・ 腸を悪くしてさ・・・・・・、でも本当は寿命だったんだよ。なにしろ十二年も生きたんだもんね。女房といたより長かったよ。十二年生きればちょっとしたもんだろう?」
「そうだね」
 ・・・
「淋しいだろう?」
「うん、そりゃ淋しいよ。どんな人間が死んだって、あれほど淋しくはないね。こういうのって変じゃないかな?」
 僕は首を振った。

 村上春樹『羊をめぐる冒険』
 第五章 鼠からの手紙とその後日譚〜3歌は終わりぬ
  より

posted by zero@あやまろ工房 at 23:03| 神奈川 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月15日

また あおうぞ

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団吉
1996年5月1日─2010年6月12日





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ありがとう君たち
また会う日まで
いつも一緒だよ


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2010年06月07日

めだか物語─ハーレムのおいちゃん

おいちゃんは、2007年の第二期にやってきた最長老めだかで、この冬まで同期のオスとベランダ水槽にいた。

めだかを飼い始めた頃はメスが少なくて、ペアを作ってやれない情況が続き、オスの喧嘩があちこちで絶えず、犠牲めだかがけっこう出た。オスというのは争いばかりしてしょうもないものだと頭痛の種だった。

おいちゃんの水槽では三匹のオスが、それでもなんとなく平穏に過ごせていた。オスがオスに絡み付いて、オイ ナニスンダッ ハナセヨッ と身をよじって逃げているのを目撃したりした。

多くの子孫を残して天寿を全うしたダイちゃんはその水槽にいたのだが、ちょっと体力が弱ったとき虐められたので、室内に入り、ヤンクイと仲良く暮らして、めだかの国に還っていったのだ。
寿命がきたか、動くのがしんどそうなダイちゃんの横にヤンクイが寄り添うと、ダイちゃんは再び胸鰭を動かし、二匹並んで泳ぎ始めた姿を思い出す。

この冬を相棒が乗り切れず、おいちゃんは水槽に一匹となった。
室内の丸ケースではオスが次々と衰弱してゆき、メス一匹が残された。

おいちゃんが婿入りした。
3年近くオスばかりの暮らしをしてきたのに、すぐに求愛ダンスを披露したのには、本能とはすごいものだと改めて驚かされた。

メスは小柄だし元気なおっさんの出現にびっくりしたようだ。物影に隠れてそぉっと様子を伺うことが多くなった。

するうち、ベランダの青バケツの三匹のお腹がそろって膨れ始めた。
いつも底のほうで静かに暮らして居るので気がつかなかったが、揃ってメスだった!
これは放っておいたら卵詰まりになって死んでしまうのではないか、オスを派遣しなくてはと焦ったが、ベランダで太陽を浴びて暮らしてきたものだから、全員体格がいい。それに見合うオスといったらおいちゃんぐらいしかいない。

まとめて、女の子に夢中になっているおいちゃんがいる丸ケースに移った。

こうして女っ気がまるでない暮らしの永かったおいちゃんは、突如メス4匹に囲まれるハーレム暮らしとなった。

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真ん中がおいちゃん



そして、小柄でおずおずしていた先住のメスは、いつのまにか体つきが大きくなってきて、おっとりと仲間と泳いでいる。

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お腹の膨らんでいた子が卵を産んだ







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2010年05月21日

年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず

今年初めてアサザの花が咲いた。
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めだか達が下に居る。
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めだかも世代交代をしていて、初めての花見をする子が多い。

 年々歳々花相似たり 歳々年々同じからず

明らかにオックスの子孫とわかる、ぶち模様の子が何匹もいるのがほほえましい。
オックスは、個性が強すぎてめだかの和を乱し、悩みの種になったりもしたが、愛すべき愉快なめだかだった。


今年は異変が起きている。
あちこちの水槽で産卵はみられるのだが、どれも白濁してしまって孵化しない。白濁するのは無精卵であると単純に考えていたが、今年は天候がなんだかおかしく、気温差が激しいことの影響があるのだろうか。

加えて、♀でお腹がただただ膨れていく子が三つの水槽に一匹ずつ出現した。

メスはオスの刺激で産卵、受精するのだが。いずれも周りに♂は何匹も居るというのに、どうしたことだろう。
野生動物の世界でも生殖能力が落ちている、というような記事をだいぶ前に目にした記憶がある。
うちのめだかの世界に、なにが起きているのだろうと首を捻っている。


宮崎県の口蹄疫のニュースを発生間もなくから、ネットで追っている。
4月にYahoo!でニュースをちらと目にして、TVでなにか情報を得られるかと思ったのに何も得られなくて、オヤ?おかしいなと、ネットで追っていた。

マスコミは、意図的に報道をしていなかったといわれても仕方あるまい。なんらかの意図は働いていたね。

知らないということは存在しないことになってしまう。

しかし今はインターネットで情報を集められる。もちろん玉石混交だから気を付けなければいけない。しかし疑問は次々と解いていける。

あとは、勘である。

特に動画付だと判断情報は一気に増える。
ニコニコ動画では国会の本会議はもちろん各委員会の模様が見られる。

宮崎県の口蹄疫への民主党政府の対応に、はらわたが煮えくり返っている。なんだあの大臣とやらの無能ぶりは。
はて?と思う方はいっぺんニコニコ動画なりYouTubeなりで御覧あれ。

時系列でニュースを追っていて、第二次世界大戦時の大日本帝国大本営を連想したぐらいだ。
嫌なご時世だ。

元来ノン・ポリティカルではあるが、私は動物が絡むとことさらに冷静さを欠き断定的になる者である。

アンケートとかでぽちぽち貯まっていたポイントでも宮崎県口蹄疫義援金として受け付けるところがあったので、少ないながら送った。











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2010年04月30日

渋谷で「リング」を聴いてきた

昨日は渋谷のBunkamura ORCHARD HALL(〜文化村果樹園会館だね)へ行って、楽しみにしていた準・メルクル指揮N響の「ニーベルングの指輪」抜粋・メルクル版を聴いてきた。

近頃はmedici.tvやarte.tvで彼の率いるドイツ・フランス両オーケストラの公演動画が配信され、パソコンの前で大ニコニコしている。
カメラワークがそれぞれあって、それも面白い。
ドイツのほうはなにしろ中央ドイツ放送局(MDR)のオーケストラだから、ネットラジオでコンサートが必ず聴けるほどなので、ファンとしてはいい所へ就任してくれましたとほくそえんでいる。

脂が乗ってきましたなぁという演奏を立て続けに聴けて、嬉しい限り。

「指輪」のメルクル版は、2007年5月にフランスのリヨン管を率いてリヨンとパリでワーグナー・プロを演奏したのを、どちらだったか忘れたが(資料のデータはこの間のパソコン騒動で消えちまった猫)ラジオ・フランスが放送したので、冒頭を録音失敗したものの「イゾルデの愛の死」と「ニーベルングの指輪・メルクル版」はしっかり録れていたのでCDにしておいた、それで馴染んでいる。

新国立劇場での「ニーベルングの指輪」4部作上演が進行中のインタビューで、この楽劇は何を語ろうとしているのか問われ、『愛の物語です』と一言で答えていた準・メルクルのコンセプトで編まれた「指輪・抜粋版」だ。

ところで、リヨン管では去年着任した総監督がオーケストラのプログラム編成や組織人事を引っ掻き回している。越権行為もいい加減にしろ!契約違反だ!と音楽監督(メルクルさんのこと)が怒った。リヨン市長への公開メールまで発表し、そうとうに怒っている。

この総監督、音楽監督の頭越しにイギリスの学者だかに来シーズンのプログラム編成を頼んで、あろうことか音楽監督が日本に行って不在の間に(今回の来日期間中だろう)発表しようと目論んでいたのだが結局旨いことゆかず延期になったとかで、いまだに来シーズンのプログラムが発表されていない模様。地元誌にはアマチュア仕事もいいところだと非難されている。

あ〜ぁ、だから大人しそうな人を怒らせると怖いってのに。

と、リヨンのお家騒動では暗雲垂れ込めていて大変だけどどうだろうと少々懸念していたが、メルクルさんはいつものようににこやかに登場して、いつものように自由自在ダイナミックで切れのよい演奏で、よかったよかった。タフだ。

オーチャードホールの1階後ろから2列目で2階の座席が天井となって張り出している席だったせいか、もとよりホールの特性なのかは知らないが、各パートの音がまっすぐに伸びてゆかず無秩序に混ざりあって聞こえてしまうのは残念なホールだ。いつもはけなすだだっ広いNHKホールのほうが会場としては案外ふさわしかったかしらなどとチラと思ったりした。

ともあれ、わが頭のなかで新国立劇場での記憶とリヨン管の演奏を同時に再現させながら、ほぉーとか、おおっとか、ありゃ?とか、う〜むとか、わぉっとか思いながら久々のコンサートを楽しんできた。
が・・・ それは後でぶちまける。

家に帰っては、さっそく自家製CDを聴きながら、コンサートを思い出してなぞったのは言うまでもない。私は生演奏至上派ではないので、いろんな手段をもって一粒で何度もおいしい思いをするのが好きなのだ。ここはえらいゆっくりだったな〜ここはちょっと変えていたな〜とか、メルクルさんかっこよかったな〜 とかとか。

N響も熱演だった、が、まぁ、金管の弱さというのはなんとかならないものかな。よたよたっとして安心して聴けないとはどういうことでしょう。
比べて云々はあまり好まないが、たまたま同じ抜粋版をリヨン管ので聴き馴染んでいてそちらは堂々見事なものだから、N響何故出来ないか?と一言だけぼやいておく。


のこと
で、いよいよ終幕、ブリュンヒルデの気高い自己犠牲で世界は燃え上がり、ライン川に乙女たちが指輪を持ち帰ると、指輪の呪いは消えて新しい時代が始まる─
浄化された清清しい最終音が静寂へと消えてゆくその余韻に浸り、深く息をついてから現実へ戻ろうとした、のに!!

私がふっと息をつこうとした刹那、隣のがさつな男がでっかい手を前に突き出しバッカンバッカン叩きながら、蛮声というべき品のない声でブラボーォォ、だって。むかっ(怒り)

余韻台無し。
なんであと5秒、いやせめて3秒でもいい、待てないのか! こういうブラボー連中は、無音恐怖症なのか?
静けさの中で己が心の中に音楽を深く沁みこませるということが出来ないのか。

ああそうだよそうだよと共感できる相応しいブラボーも勿論あるのだが、昨日のはぶちこわしてくれやがりました。

この男、席に入ってくるときアタッシェケースをごっつんごっつん椅子にぶつけドリンクの瓶だかをがちゃがちゃさせ、坐ったかと思うとまた席を立ち、ゴッツンガチャガチャうろうろ、並びの人もなんだろぅと見上げていた。前半のモーツァルトのピアノコンチェルトでは顎を胸に埋めて眠っていた。
生演奏を聞きながら眠るなんてのはある意味法悦のごときことなので、いびきをかかない限り、咎めもしないしそれはお好きになんだけど。

ところが後半の「指輪」開始で登場したマエストロ・メルクルが指揮台に上がるや、手を前に突き出しひときわでっかく拍手したので、おろ?マエストロのファンなの?とちとびっくりさせられていたのだ。


そういえばサントリーホールで見た、え?あなたもファンなの?は、フランクの交響曲だったか、左の並びに演奏が終わっても拍手をしない男性がいて、気に入らなかったのかなと目の端でみていたら、マエストロ・メルクルが向きを変えてステージ側面のこちらの客席にもにこやかに挨拶をしたら、胸の高さに手を上げてせわしなく拍手を始めた。
マエストロがあちらに挨拶、男、手を膝に。
マエストロこちらを向く、男、胸の位置で熱烈拍手パチパチ開始。
マエストロあちらを向く、男、手を膝に。
こっち向く、即座にパチパチパチ。この繰り返し。
な〜に考えてるんでしょう。

ま、ファンもいろいろ。


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ブリュンヒルデじゃないもん
ポニョだもん!
「崖の上のポニョ」より





posted by zero@あやまろ工房 at 15:51| 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする